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書 評



  思考の用語辞典
Date: 2007-09-09 (Sun)
 当サイト、“あなたのアタマがドンドン良くなる”ことも掲げておりますので、休日などにはそれに貢献する情報も提供しています。
 先人の業績のエッセンスを集約した?能力開発やビジネス系などのノウハウ本や「易しい○○入門」などではなく、専ら、自分の能力の限界や怠け心と格闘しつつ書き上げたであろう「原品」の紹介を心掛けています。

 これにはわけがありまして、“入門書は本当に初心者に易しいのか?”ということがあるわけですね。

中山元『思考の用語辞典』ちくま学芸文庫 2007
http://www.amazon.co.jp/%E6%80%9D%E8%80%83%E3%81%AE%E7%94%A8%E8%AA%9E%E8%BE%9E%E5%85%B8%E2%80%95%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%81%9F%E5%93%B2%E5%AD%A6%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AB-%E3%81%A1%E3%81%8F%E3%81%BE%E5%AD%A6%E8%8A%B8%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%83%8A-12-1-%E4%B8%AD%E5%B1%B1/dp/4480090495/ref=pd_bbs_sr_1/249-2506526-3970767?ie=UTF8&s=books&qid=1189297156&sr=8-1

 という本がありますが、哲学系の「専門用語」を100個集めて“哲学とは何か”という視点から論評しています。
中山さんは学校の先生ではない哲学者です。
【理論創発】で取り上げた光文社古典新訳文庫版 カント『啓蒙とは何か』を訳した人です。

 哲学リソースサイト『ポリロゴス』の主宰でも有名です。
http://polylogos.org/

 で、話は入門書についてですが、この本について中山さんは「入門書」ではなくタイトルどおり「生きた哲学のための・思考の用語辞典」であり、“哲学的な思考を進めるための時点として役立て”てもらうことが目的とおっしゃっています。
人が「入門書」にアプローチする動機には、そのジャンルの知識を自分固有の問題の解決に役立てよう、と目論む場合もあるわけで

  書 評
Date: 2007-08-20 (Mon)
『なぜ、日本人は韓国人が嫌いなのか』
http://www.amazon.co.jp/%E3%81%AA%E3%81%9C%E3%80%81%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E3%81%AF%E9%9F%93%E5%9B%BD%E4%BA%BA%E3%81%8C%E5%AB%8C%E3%81%84%E3%81%AA%E3%81%AE%E3%81%8B%E3%80%82%E2%80%95%E9%9A%A3%E3%81%AE%E5%9B%BD%E3%81%A7%E8%80%83%E3%81%88%E3%81%9F%E3%81%93%E3%81%A8-WAC-BUNKO-%E5%B2%A1%E5%B4%8E-%E4%B9%85%E5%BD%A6/dp/4898315569/ref=pd_bbs_sr_2/249-2506526-3970767?ie=UTF8&s=books&qid=1187611701&sr=8-2

  課 題
Date: 2007-08-20 (Mon)
「商業理論」について、生態学の応用を目指す。

  備 忘
Date: 2006-12-07 (Thu)
山崎正和『二十一世紀の遠景』潮出版 2002
あらためて精読すること。

佐藤優『インテリジェンス 武器無き戦争』幻灯社 2006
平和憲法とインテリジェンス活動を含む平和維持活動は盾の両面だったが、後者についてはほとんど戦略が無かった。

  佐幕と尊皇、攘夷と開国
Date: 2006-10-03 (Tue)
 幕末、対外関係をめぐる対立の軸。
幕府体制による攘夷か大政奉還・再興による攘夷か
佐幕派は、国力の客観的な判断から、開国・交通をして国力を付け、その後あらためて攘夷を行う、と主張した。
尊皇派:何が何でも洋夷うち払い。

開国後は、中国、朝鮮と盟約して欧州勢に対応しようとしたが、両国から拒否された。

以後、極東関係は、対欧州対抗勢力の構築をめぐって繰り広げられた、と見ることができる。

  徳富蘇峰 終戦日記
Date: 2006-09-29 (Fri)
国体をめぐる二極分化。
天皇機関説と国体明徴論。

結局、昭和天皇は一貫して機関説で身を処したわけだが、これは適切だったのだろうか?

自分は立憲君主として言動したが、一部重臣を除けばそうではなかった。特に軍部は。
すべてが自分の名前で進められていることは常に了解されており、それも圧倒的な国民に対し、立憲君主としてではなく、国体を体現する君主として現れていたことも。

「人間宣言」は2.26事件直後に発布されるのが適切だったのではないか。

徳富蘇峰は、天皇及び側近が欧州流の立憲君主という立場をとってきたことを「国体」派の立場から強く批判している。
終戦直後に口述筆記されたこの本には、国家主義者の見た昭和天皇、重臣に対する批判、軍部に対する批判、マスコミに対する批判があふれている。もう少し読み込んで続きを書く。

南方戦線においては、百万以上の餓死者を出しており、これらを靖国神社に「戦死者」として祀っているわけだが、餓死者と餓死させた責任者を同じ資格で祀るというのは腑に落ちない。

関連で。
その名の下に餓死させられた国民を前に、立憲君主で発言権がなかった、という天皇の態度は不審である。
マッカーサーに「自分の身はどうなっても」といわれたそうだが、そのつもりならもっと以前、軍国主義が勢威をふるう前にやるべきことがあったのではないだろうか。
立憲君主制が機能する基盤が無いところで立憲君主として振る舞うというのは、どうか。
このあたり、山本七平「昭和天皇論」ははたしてどうか?


  推奨論説
Date: 2006-08-24 (Thu)
その1 J・ブリーン『靖国 ―歴史記憶の形成と喪失―』「世界」9月号所載

 これまでに読んだ関連の論考ではダントツ。
著者はロンドン大学の助教授、日本近代史が専門で、本論は日本語で書かれたとのこと。
内容はいずれまとめてアップしたい。

その2 富士信夫 『私の見た東京裁判』
著者はもと海軍少佐。極東軍事裁判当時は、第二復員省に在勤、裁判に対応する大臣官房臨時調査部に所属、法廷係として裁判のほとんどの過程を傍聴し、レポートを作成した。
本書はその傍聴記録をもとにまとめられている。
職務がら、冷静・客観的にまとめられており、資料的な価値がある。私のような素人が一覧するには大変都合がよい。

裁判過程のでたらめさが、「事実」として報告されており、特に冒頭での裁判所の管轄権をめぐる論争は、法廷において日本語に訳されておらず、速記録にも残っていない。また、「国家の行為について個人の責任を問うことは当時の国際法の枠を逸脱しているという弁護側の主張(米人弁護士によって為された)についても同様だった。
ただし、だから裁判は無効だ、という主張は出来ない、というのがこの裁判の位置である。

 レポートをもとにしているとはいえ、「裁かれる側」に所属している著者の思いは控えめながら十分伝わってくる。
著者は海軍兵学校出身のパイロット、敗戦時は第一線部隊の参謀を務めていた。省部勤務の純粋エリートなどとは異質の合理性を踏まえた思考をする人。

 

ところで全方位戦争について、一部で「歴史が明らかにする」という言い方が流行っている、というか、これまでもよく用いられた「引かれ者の小唄」的レトリックだが、9月以降頻度高く活用されることだろう。
敗戦から60年、未だに「歴史」にならないのはどういうわけだ?
こういうことは歴史にしようという営為が無ければ収まっていくはずがない。


  『日本スーパーマーケット創論』
Date: 2006-05-16 (Tue)
 安土敏さんの新著。
雑誌「食品商業」に連載されていたのは、書店で手に取ってみて気づいた(所載されていたのは第6章だった)が、いずれ単行されたら、と今日に至った。

 この間の取り組みは、ジェイコブ・ジェイソンズの一連の著作。「社会は自然に学び・発展させる」「自然は循環である」

 偶然というかなんというか。
昨日届いた本書を一読、あらま、スーパーマーケット企業を「高等動物」のアナロジーで論じているではないか。
このアナロジーは成功しないと思う。
SMはシナリオの坩堝、脳にあたるのは成功経営会議だ、といくら定義しても、現場の人間とは締め関係者はそれぞれのシナリオをもって動いている。
ここは「高等動物」のアナロジーではとけないところだろう。

 創論は、原論を実践するための一般論という位置づけだが、果たしてそう言うことなのかどうか。
安土さんによれば、原論〜創論〜実践論ということだそうだが・・・。

 「創論」の意義・位置づけを明確化せよ。
「法則〜初期条件〜予測」のアナロジーでOKだろう。
 
原論=本質論・・・条件捨象で通用する
創論=実体論・・・個別環境で原論を実現する
物語=実践論・・・サミットにおける取り組み

という構造になっている。
まあ、そう「厳密」ではないが・・・。
というのはもちろん欠点とは言えない。
安土さんのSM企業経営者としての実践のなかから、「問題解決の一環」として創出された理論だから、こういう形になるのはある意味、当然かも知れない。

 ただし、検討する側は大変ですけど。

いずれにせよ、創論を理解するには原論を理解しておかなければならない・・か?
「読書会」ではここをどう安直にクリアするか、という課題がある。

「厳密」で無い=各レベル(原・実・語)が入り交じっているので、それほど「原論」理解に固執することはない?

ともかく。
この作業はクオールエイド社の理論的水準をきっちり示すものに仕立てて行かなければならない。
6月前半はこれと四ヶ町に全力投球のこと。

もう一つ。
セブンは、サウスランド社のノウハウが使い物にならない、という判断で自社オリジナルで「業容」を構築したわけだが、サッミトは同じことに別の経緯からとりくんだということではないか?

とすれば、さらに上の理論、「小売業論」が装備されていないことになる・・・。
多少は踏み込まれているが、「お客」が見えてこない。
取り上げられているのは、「内食材料調達客」というレベルであるが、このレベルで理解していてSMの「問題解決」能力は大丈夫だろうか?


  丁丑公論
Date: 2006-03-24 (Fri)
福沢諭吉著

これは『痩せ我慢の記』と一緒に論じたい。

 どちらかというと、明治維新よりもその直前、ペルリ来航〜五稜郭落城の間くらいがもっとも興味をそそる。
岩瀬忠震なんかいいですね、颯爽として。井伊直弼をだまくらかして日米修好条約にさっさと調印するなどはこの人以外にはできなかった離れ業、以降の日本の針路を定めたのはこの人だということは一般にはほとんど知られていない。

 日米修好条約締結といえば井伊大老の仕事とされているが、井伊直弼に国際情勢を把握する能力はなかった。現にこの人は後に調印を京都から責められたとき、「岩瀬が謀って調印した」と弁解している。
このこともあって、岩瀬は安政の大獄に連座、永蟄居ということで職位、俸禄を召し上げられ、蟄居のまま世を去った。

豊後藩士、福沢諭吉が遣米使節の一員に加わることが出来たのは、つてを頼んで軍艦奉行木村摂津守の従者になれたから。木村は岩瀬の後輩。岩瀬の信頼あつく、岩瀬に引き立てられた。幕府転覆以降、木村は隠棲した。福沢諭吉は木村明治になって出版した著書に序文を提供、その末尾に「軍艦奉行木村摂津の守従者福沢諭吉」と記している。
「痩せ我慢の記」は二君にまみえた勝、榎本に対する厳しい批判の書だが、その背景には徳川に準じた木村の姿が浮かび上がっている。


  大型店とまちづくり
Date: 2005-11-07 (Mon)
矢作 弘

市場原理主義のメッカ、米国ではウオルマートに代表される郊外型大型店、ショッピングセンターの地域経済を無視した出店に対する批判が強くなっており、出店を規制する動きが顕著になっている。

国内においても福島県による条例制定など、中心市街地の空洞化の防止と絡んで、抑制する動きが出始めている。
遅きに過ぎたと言わなければならない。

米国の「ビッグボックス」をめぐる現状の紹介はよくまとめられており参考になるが、国内に転じたとたん、おかしくなる。
何しろ、佐賀市の『基本計画』を手放しでほめるんですからね。
何ですか、「中心市街地の通行量」を増大する、といって目標数値を立てたのが画期的らしい。

この人に限らず、地域商業を論じるにあたって小売業の機能をしっかり押さえている人は少ないようだ。
ここが理解されていないと、提案の内容が「昔の常識」、商店街全盛時代の常識レベルになってしまいます。
藻谷浩介などがその見本です。

ところで、ウオルマート。
もと従業員との訴訟件数では断然世界一を誇る(?)この会社は典型的な求利企業でありまして、まあ、リアルでそれも小売業でこれほど徹底してオーナー及びその参謀の利益を一心に追求する企業も珍しい。
我が国のコンサルタントさんたちは、世界一の売上高にシビレておいでのようですが、何をおっしゃるやら。
企業は私利私欲のためにあるが、私利私欲は、企業に関わるすべての人が主張するものである。
企業はいわば私利私欲のるつぼであり、そこでオーナーあるいは株主の私利私欲が排他的に優先される根拠はない。

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