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FLASH NOTE'



  作業備忘
Date: 2007-08-20 (Mon)
※小売業の外部依存性について

○外部と内部の区分 売り場と外部、店舗と外部
○閉じて開くSCの自己完結性と商店街との差違

※細胞の浸透性について

○お客の店舗への出入り
※生態学的循環の店舗理論への応用


  作 業
Date: 2006-11-27 (Mon)
派生理論の探求

経済学批判

統帥権の源泉

都市経営論

その他

  暇なので
Date: 2006-10-11 (Wed)
このところ、わが国の現代史関係を集中して読んでいる。

キーワードの一つは統帥権だが、これを国体と併せて論じている人が少ない。奇妙なことである。
国体明徴運動と統帥権が暴走する過程をチェックすること。

それにしても。
陸海軍とも、筋目節目の作戦現場には辻、源田が必ず位置して失敗を繰り返す、という図式には瞠目せざるを得ない。
どちらの組織にも「淘汰」という機能がまったく無い。
というか、常識人がどんどん排除されていく、組織の私物化をだれも掣肘できない、という状況は何に由来するのか。

このような組織のあり方は、敗戦後の組織には無縁だろうか。

  極東軍事裁判
Date: 2006-08-30 (Wed)
 ボタンの掛け違いが多々見られる。
問題は、この裁判が「ポツダム宣言」にもとづくものである、ということ。
敗者を一方的に裁くというのは公正を欠く、というのが多く見られる批判であるが、これは、ポツダム宣言というしつらえられた土俵そのものを批判しているわけだ。
まあ、適否を後世の批判に委ねる、後の証拠として言っておく、ということでは土俵を越えた議論も必要だっただろうが、もちろん、この場合、裁判における反証にはならないことは覚悟しておかなければならない。

極東軍事裁判の構成を批判するものは、当然、ポツダム宣言の批判を行わなければならない。
もちろん、批判は宣言者とその受諾者双方に対して行われることになるだろう。
ただし、問題は今日においてポツダム宣言の批判を行う目的である。
もちろん、反ポツダム宣言というスタンスの場合、何かと新しい問題が起こってくることは避けられない。

憲法改正・靖国神社などが絡むと、ポツダム宣言を基礎に成り立った戦後=現在の国際関係まで再評価することにつながるだろうが、はて、国際関係においてそういう取り組みが是認される条件は無いはずだ。

「戦争責任」についての論議するにあたってはそれに先だって責任を考える場合の視点についての議論が先行しなければならないはずである。
が、さて、こういうめんどくさい話に取り組むよりも単純明快、「日本人なら○○すべし」しないやつは非国民・売国奴といった茶の間的話で進められていく気配。

判事団、検事団もそれぞれ一枚岩というわけでも無かったし、そもそもマック御大はニュールンベルグ裁判を繰り返すつもりは無かったらしい。
やりたかったのはイギリスとのその連邦。
文明対野蛮という図式。

パール判事は特に日本に贔屓したわけではない。
右派は我田引水が過ぎる。

  中心市街地活性化
Date: 2006-08-24 (Thu)
 22日、新法が施行された。
立て前は「改正」だが内容的には明確に新立法である。

予想される都市のアプローチは、
@名実ともに「都市の顔」としての中心市街地の創出を目指す
A中心市街地の商業の活性化を主とした取り組み
B法のスキームの無定見な濫用
の三つに区分されそうである。

一番面白いのはもちろん@的取り組み。
21世紀初頭に世紀を通して育てていく都市の中心市街地を構想するという仕事、担当する皆さんは気合いが入ること間違いなし。

Aは、@まで至らない都市の取り組み。
至り得ない理由は多様に考えられる。中期的な課題である商業の活性化に的を絞った取り組みとなる。
一番多そうな取り組みというか、認定基本計画を目指さない都市の課題はここにある。

Bはこれまでの取り組みからなんの教訓も得ることが出来なかったところ。ここに区分される取り組みは、3年も経てばその至らなさが誰の目にも明らかになる。

中心市街地は街の顔とはよく言われるところだが、中心市街地活性化にどう取り組むか、ということは当該都市の経営能力の水準を端的に示すことになる。

  日米合作 極東国際軍事裁判
Date: 2006-08-20 (Sun)
 A級戦犯に戦争責任をおっかぶせて統治体制の再構築を目指すということで、マッカーサーと「重臣グループ」の利害は一致しました。

 天皇機関説に基づく弁明は、「内奏」を無かったことにしたうえでしか成立しない。

 A級戦犯の責任問題を蒸し返すのは、「パンドラの箱」だが、リビジョニストはこのことを理解しているのかな。
理解していないとすれば勉強不足。
理解してなおかつ言い募っているとすれば獅子身中の虫でしょう。

 東条さんが組閣するにあたっては、敗戦のとき、全責任を陸軍にかぶせよう、という宮中・海軍の重臣たちの思惑があったらしい。
(勝田龍夫『重臣たちの戦後史』)
そう言えば海軍で死刑になったものは無い。
死刑7名の内訳は
陸 軍   6人
シビリアン 1人 
陸軍の被告にはこれに対する不満があった。

  派閥衰退時代の事大主義
Date: 2006-08-20 (Sun)
 小泉首相の「派閥ぶっ壊し」以来、自民党の派閥の機能は衰退するばかり。
 後継をめぐってはもっぱら猟官を唯一の基準に右往左往が繰り広げられている。

 『重臣たちの昭和史』が喝破するところでは、戦前、節目節目で国の方針を左右したのは、一定の政策理論を持ったグループではなく、右顧左眄して立身出世を目指す無定見な人々の行動だったという。
どんな問題にせよ、最後の決は定見を持たず、大勢につくことだけを行動基準とする多数派の動きによる。

事大主義:勢いのある側に付くことで私欲を満たそうとする生き方は、今にいたるも相変わらず。

かって、派閥健在の頃は、猟官というインセンティブもありつつ、トップのもとに一丸となり、ときに冷や飯を食うこともいとわない、ということが一般的だったように見えていたが・・・。

新組閣の成り行き、興味津々。

  SMのストラッグル
Date: 2006-06-06 (Tue)
 安土さんの『日本スーパーマーケット創論』

草創期のスーパーマーケットの混乱について、安土さんはもっぱら「日本文化の壁」という言い方をされているが、その壁はどのように機能したのか、ということをはっきり言わないと、後進(SM業界・流通業界に限らない)のためにならない。

1.はっきりしているのは、SMを紹介したコンサルタントの力量、という問題がある。
(1)導入にあたって「理論」的なレベルに問題があった
(2)教育法に問題があった
 この二つが相まってSM業界に限らず、チェーンストア業界全般にとてつもない「日本文化の壁」が生じた。
 これを「日本文化の壁」というソフトな言い方でやり過ごすのはどうだろうか?

 人類四千年の商業の歴史の精華は米国にある。
米国を拳拳服膺せよ。考えるな・暗記し模倣せよ、という教育をしてきたことを忘れてはならないだろう。
この宿痾は、今日なお各社に残っているはずだ。

@これを問題にすること
A「問題解決」としての組織
の二つで「日本の壁」は突破できる?

  共謀罪
Date: 2006-04-28 (Fri)
刑法を根源から覆す法律が定められようとしている。
共謀罪。
予備罪、未遂罪がないのに、どうして共謀が罪になる?

共謀罪の捜査手段は?
これはかたちとして現れることはないのだから、捜査手段もこれまでの常軌を逸したものになる可能性が強い。

この法律に対する態度は、試金石である。
この法律に対する態度表明無くして民主主義者といえるか?



  ここからあそこへは行けないという・・・
Date: 2006-04-27 (Thu)
位置関係がある、とは戦略について学んだことがあれば当然の知識。

中心市街地活性化。
新スキームにおける中心市街地の定義=三要件は旧スキームを踏襲しているので、中心市街地≒商業街区である。
したがって、都市機能の増進とならぶ目的=経済活力の向上とは即・商店街の活性化である、と考えられる。

この時期に中心商店街を商業機能として活性化させようと考えるならば、広域圏において分担する商業機能にしっかりフォーカスして充実させなければならない。
商圏内に商業集積が多数立地している今日、このことはあまりにも当然のことではないか。

特に、中心市街地を包囲するように立地しているショッピングセンターとの関係、競合を挑むのかそれとも棲み分けを目指すのか、ということはしっかり決定しなければならない。

ところが、この、商業集積としてになう商業機能を決定する、特にショッピングセンターとの位置関係をはっきり定めて、集積としての機能の充実を実現しなければならない、というきわめて当然の作業について、無知な関係者が多すぎる。その必要性を理解している関係者がどれくらいいるだろうか?

第二に。
このことをきちんと理解して、全ての施策が街ぐるみで実現する商業集積としての機能の充実を目指す体系的な取り組みとして展開されることが必要である。
が、果たして当該都市の商業者、TMOがよくこの任務を遂行できるだろうか、ということ。

この二つの課題をクリアしないと中心市街地の活性化・経済活力の向上を実現することは出来ない訳だが、はたして首尾良く課題をクリア出来るだろうか?
ここ数年の取り組みを見る限り、きわめて難しい、というのが率直な感想である。

畢竟するところ、人の問題である。
その気になってがんばる関係者が少なすぎる。
これでは何か。
やる気のある連中は市場原理主義、そうすると対極にあたるこっちにいるのは、抵抗勢力」ということか(笑

蟻さんの世界をアナロジーすれば、
立場立場の人間が、それなりにその立場をわきまえた言動をすることにより、その集大成としての全体が決定されていく。立場立場の人間の怠惰、臆病が全体のあり方を決定してゆく・・・。



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