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■TMOの最高経営責任者
2003/02/25(Tue)

このサイトで展開していることは、おおむね、TMOの責任者なら当然持っておかなければならない、というレベルの知識だと思います。ところが、誰でもお分かりのように、実際にはTMOの責任者はおろか招聘されてTMOの指導にあたる立場にある経営コンサルタントの皆さんでも必要な知識を持っており、招聘先の事情にあわせて使いこなす、という人は大変少ない、というのが全国的な状況でしょう。

 とすれば、TMOは必要な能力をどこからどのような方法で手に入れるのか? これはあまり表面化していませんが大変な問題ですね。

問題自体は大したことではない

>  とすれば、TMOは必要な能力をどこからどのような方法で手に入れるのか? これはあまり表面化していませんが大変な問題ですね。

大「変」ではあるが、「大した」問題ではありません。
要は問題の核心を把握して、対応する組織を設計し、適材を配置する。
ということです。

難しいことではないかも知れませんが、大「変」ではあります。
すなわち、これまでの常識や技術ではとうていこなしていくことの出来ないポジションです。

パラダイムの転換

>要は問題の核心を把握して、対応する組織を設計し、適材を配置する。
>ということです。

 ひと頃よく使われましたが「パラダイム」という言葉があります。
いろいろな意味で使われていますが、ここでは、「認識の枠組み」というような意味で用います。

 私たちは、ものごとを認識するとき、けして白紙の状態で見るわけではありません。これまでの学習・経験から作られた「知識」に基づいて認識します。例えば、「活性化」とはなにか、「商圏」とは、「回遊性」とは、など全て過去の知識に基づいて判断します。特に商業に関することだけではありません。「自動車」に関する認識は、自分があらかじめ持っている自動車に関する知識の体系によって行います。この「対象を認識するための道具=知識の体系」がパラダイムです。

 商業についての常識的なパラダイムは、もの不足−もの普及−差別化という時代に作られています。例えば最寄り品、買い回り品などといった商品分類もそうです。今では最寄り品といわれた商品を車で遠くまで買いに行くという行動は誰でもやっていますし、逆に買い回り品と言われる商品については、行きつけのお店に気に入った商品が気にいる商品がなかったら、買うのをやめてしまう=買い回らない、という行動もありふれています。

 このように、従来のパラダイムではなかなか的確に認識できないのが現在の商業を取り巻く環境変化です。もの不足からもの余りへ、時代の大きな変化は、時代への対応を目指す中心商店街・中心市街地関係者に時代を認識するためのパラダイムの転換を要求しています。

 TMOの責任者がまず、取り組まなければならないのは、第一にパラダイムの転換が必要だ、ということを一点の曇り(疑義)もなく革新することです。転換すべき新しいパラダイムは、さしあたりこのサイトで提案しています。当サイトが気に入らなければ別のところを探すか自分で作るか、いずれにせよ、従来のパラダイムに依拠していては、仕事は進みません。また、従来のパラダイムといっても、体系としてきちんと作りあげられているものを持っている人は大変少ないでしょう。コンサルタントにも装備していない人が珍しくありません。そうした中でよってたかって意見を出し合い、訳の分かっていない人(つまりコンサルタント)がまとめる、ということで出来ているのが大方の都市の「基本計画」だと思います。

 このような指摘が当たっているとすれば、TMOの責任者がまず取り組むべきことは、これまでのパラダイムでは活性化は実現できないことを関係者に周知させることです。旧来のパラダイムに依拠したばかりに時間とお金を無駄に使った事例は全国に山ほどありますから、説得は簡単です。

 次に、関係者がパラダイムを共有すること。そのための機会を設けることが必要です。本来なら関係者が一堂に会して「基本計画」を作成する段階で、計画作成の前提作業として取り組まなければならなかった仕事ですが、実際に取り組みパラダイムを転換したところはほぼ皆無でしょう。

 活性化関係者のパラダイムが転換される、新しいパラダイムが共有されると事業はこれまでと全く異なった様相を現してきます。関係者が自分の仕事として、展望をもって取り組めるこれまでにない事業の基盤が出来上がる音になります。他方、この仕事を省略した活性化への取り組みは、進めば進むほど袋小路を奥へ奥へと進んでいるようなものです。遅かれ早かれ行き詰まりますが、もちろん、その時では万事休す、遅すぎます。

 TMOの責任者が何はさておき、まず取り組まなければならないのは、関係者のパラダイムの転換、パラダイムの共有、ということです。

活性化とはものが売れること

あまりいう人はいませんが、中心市街地活性化とは中心商店街活性化です。このことは、施策メニューを眺めてみれば一目瞭然です。

 次に、中心商店街活性化とは?
中心商店街が、「買い物の場」として再生すること。すなわち、一個のショピングモールとして都市内外の住民から認知され、買い物行き先=デスティネーションとして支持されるようになること、です。

 買い物は街並み景観や景品スタンプなどにつられて行われるとはありません。買い物とは、@自分の生活に必要なものを A選択購買し B生活の場へ持って帰る ことです。 必要なものを「手に入れ持って帰る」ことが買い物ですから、「持って帰りたくなるもの」が提供されていない商店、そういう商店が集まっていない商店街はデスティネーションになり得ません。

 買い物は全てシャッターの内側で行われます。買い物とはシャッターの内側にある商品を自分の家へ持って帰る行為です。商店街の活性化とは、家に持って帰る値打ちのある商品を提供しているお店が増え、お客が増えていくことです。きれい事ではありません。活性化とはお店のレジスターがどんどん鳴り響くことです。

 こういう当たり前のことが理解されていないのが、多くの街の活性化の取り組みです。パラダイムの転換とはこのような時代遅れ・シーラカンス的愚容喙常識をフツーの消費者の感覚・常識に置き換えることから始まるのかも知れません。TMOの責任者に「商店街活性化」の「専門知識」は不要です。商店街活性化とは、そこに立地しているお店にお客がやってきて、商品とお金を交換していく、かって商店街が繁盛していた頃当たり前だった情景を変化した環境条件のなかであらためて再現しようという試みです。

 こうして見るときわめて簡単なことですね。


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