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標題は、最近出席したある会議で実際にあったことです。
出席者の一人が「この問題については日ごろぜんぜん考えたことがありませんが・・・、」と前置きしてとうとうと発言しました。
私は発言を聞きながら「出来心発言だな」と思いました。
「出来心」:計画的ではなく、ついふらふらと起こった悪い考え、などと辞書にあります。「出来心発言」:計画的でなくその場の雰囲気でついふらふらとしてしまう発言=日ごろ問題意識を持っているわけでもないことがらについて、成り行きで行うその場限りの出任せ発言のことです。
商店街に限らず、他にも自治会など地縁組織の会議では良く見られる発言です。一人一票制のもと、こういう発言が口の達者な人から出ると始末に悪い。
中心市街地活性化のように関係組織が多い事業の場合、上手に対処しないと会議−事業自体がとんでもない方向に流れていってしまう。一度曲がった流れを修正するのは容易なことではありません。
半年、一年とかかったりします。この時期、1年間も事業が停滞することは絶対に許されません。
いつも申しあげているとおり、皆さんの街の活性化〜問屋・メーカーの活性化〜全国中心商店街の活性化というシナリオが実現しないと日本の商店街、中小企業が消滅する、という瀬戸際です。
毎日関係企業が消滅している、という事態ですからね。
出来心発言する人は、発言するだけでなく会議で尊重されることを期待している場合が多い。その会議で自分の存在がそれなりの重さを持っている、という自負もある。ところが発言たるやまったく流れを無視した、10年前でも20年前でも正しい内容だったりする。
例えば商圏人口を増やすために学校を誘致しようとか、マイカーショッピングに対応するために駐車場を増設しようとか・・・。
いつの時代にも通用する正しい答えをもとに行動すればよい、という時代ではないということを肝に銘じて取り組まなければならないのが現在の商店街活性化です。「いつの時代にも正しい答え」とはこれまでの商売の常識によれば、という前提がつきます。学校や駐車場が有り余っていながら閑古鳥が鳴いている商店街は山ほどあるのですからね。
出来心発言の主は、絶対に正しいことを言っているつもりです。これを論破するのは簡単ですが、会議は「何が正しいことか」をめぐって動いていくのではなく「誰が言ったか」ということの方がウエイトが重かったりする。簡単に論破するととんでもない後遺症が出てきたりします。
行政、会議所、連合組織、各商店街と出席者が多い活性化関係の会議では考えただけでもため息が出ます。正論派もいるわけですがこちらは少数&若手、ということで出来心vs確信犯の対決は後者の方が分が悪い。
会議の目的からすれば理不尽なことですが、これが現実であり、確信犯たるもの、この状況を冷静に認識して上手に突破していくことが必要です。
出来心発言への対処について考えてみたいと思います。
大山鳴動、という感じたかも知れませんがやはりこれしかないでしょう。
「活性化」に反対の人はいないわけですから、こ「活性化の必要性」からトップダウンで論じていく。「活性化とは」の定義から始めて「これまでの発想ではこれからはやっていけない」というところまでは全員が賛成します。これは間違いない。
問題はここから、すなわち、活性化の実践をどう組み立てるか、という議論のところからですね。
トップダウン
すでにおわかりのように共通の土俵は、誰も反対するはずのない、総論の大義名分から徐々に具体的な実践の方におりていきます。
組合の論議の最初は「活性化の定義」です。
活性化とは街及びそこに立地する個店がどのように変化することを意味するか、ということで組み全体に共通する定義を確立します。
以後の議論は全て、この活性化の定義を基準にして進められることが必要です。多くの組合では連続的に開催される勉強会兼計画作りの会議を通じて実践の計画などを構築していく、という仕事に不慣れなところが多いでしょうから、まずは会議開催のノウハウから修得することが必要かも知れません。
会議の形式をきちんと作ることはとても大切なことです。
特に会議の冒頭では例の「これまでの経過報告」というのを必ず、丁寧に行うこと。これで発言範囲を相当しぼり込めます。議事録は必ず作る、欠席者には確実に配付する。ということも大切です。
次回の会議までに何らかの資料、叩き台などが必要になった場合は、必ず作成について会議全体からの委託を取り付けること。
このような細々した工夫の積み重ねが「共通の土俵」をだんだん高くしていくために必要です。
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