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『コンサルタントの眼』 No.42 2003/5/2 (Fri)
# コンセプチュアライザーtakeoが様々な事象を批評 #
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◆ 小売吸引力理論の批判◆
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*はじめに
ライリー、コンバース、ハフ&修正ハフと各種揃っていますが、これらの手法は
全て、「前提としている仮説」がとっくの昔に終わっているので使い物になりませ
ん。
これらの手法で予測した売上げが達成されたかどうか、私自身、数年前に共同店
舗を回ってヒアリングしています。結果はほとんど信頼に値しない。ことごとくは
ずれているんですが、それも+だったり−だったり一貫性がない。共同店舗の理事
長さんは机上の計算じゃ駄目、と言っておりました。共同店舗=スーパーマーケッ
トの売上げ予測で修正ハフが使えないということは、大変示唆するところが大きい。
米国で考案された一連の手法ですが、これには次のような前提がありました。
*ライリー説
ライリーさんを創唱者とする小売吸引力計算手法とは、
1.二つの都市の中間に位置する地区から、
2.買い回り品の買い物について
3.どちらの都市に出かける確率が高いか?
ということを計算する手法です。(ハフさんは逸脱)
この場合忘れてはいけないことは、
1.対象になる消費購買行動は、「買い回り品」である。
2.当時は米国にも「郊外型ショッピングセンター」はまだ存在しなかった。
3.したがって、比較されたのは両方の都市の中心商店街同士だった。
ということですね。(ハフさんは逸脱)
つまり、
1.最寄り品の買い物には通用しない。
2.ショッピングセンターには通用しない。
3.田舎(二つの都市に挟まれた)から都市へ出かける買い物、限定の話。
だったわけです。(この部分は後ほど説明します)
このことが意味するところをよく消化しなかった日本では、手法を「小売業の吸引
力=競争力」計算の一般的に通用する方法と勘違いしたわけですね。
まずこのことを説明しておきましょう。
>1.最寄り品の買い物には通用しない。
なぜか?
最寄り品(食料など日用品)の買い物についてはわざわざ都会まで出かけなくても
自分の町で事足りる。
>2.ショッピングセンターには通用しない。
なぜか?
ショッピングセンターの場合は後で説明するように、来店目的がはっきりしており、
「確率」などに頼る必要がない。
>3.田舎から都市へ出かける買い物、限定の話。
この仮説が作られた時代というのは、田舎町に住んでいる人は日常の買い物につ
いては自分の住んでいる町で済まし、ファッションなど買い回り品については何回
か都市の中心商店街に出かける、という消費購買行動が普通でした。しょっちゅう
出かける訳ではありませんから、行きつけの店があるわけでもありません。
そういう人が、買い回り品について自分の希望する商品を見つけることが出来る
可能性、どちらが高いかと言えば当然、店舗数が多い商店街に決まっています。商
店街というのは「自然発生的商業集積」ですから特定の購買動機に対応することを
目的に計画的に作られた集積ではありません。いろんな店舗が雑然と集まっている
わけです。
このことはどちらの都市の商店街も同様です。そうした商店街にたまに出かけるわ
けですから、どちらの商店街に行った方がよいか?というはっきりした評価を持って
宇無いわけです。そうしますと、容易に想像できるように、店舗数という漠然とした
可能性(たくさん店舗がある商店街の方が自分の気に入る商品が手に入りやすいだろ
う)や所要時間などから選択することになるわけです。
もちろんこの時代にも「行きつけの店」がある人にとっては、上述のようなあや
ふやなデスティネーション選択はありません。さっさと行きつけのお店のある都市
に出かけるわけですね。
ショッピングセンターの場合。
ショッピングセンターが登場するのは、もっと後の時代です。
情報ということでは都市と田舎の差が縮まり、移動手段もマイカー主体です。アメ
リカのショッピングセンターは、ご承知の人も多いと思いますが、A:毎日型の買
い物、B:月/季節単位の買い物、C:「こだわり」主体の買い物というように、
お客の買い物動機に合わせたテナントミックスになっています。Aの核はスーパー
マーケット、Bの核は量販店、Cの核は百貨店とそれぞれ性格別になっています。
したがって、AとB,Cは競合関係にありません。また、Aタイプのショッピング
センターを選択する場合も、面積(テナント数)や時間距離ではなく、自分にとっ
てどちらが目的達成にふさわしいか、ということを基準に選ばれます。
ということで、ショッピングセンターが登場した段階でこのような「吸引力」と
いう考え方は消滅すべきだったのです。それが今日に至るまで以前として「出店計
画策定の武器」などと考えられているのは、もともと仮説が成立するための前提(
つまり田舎町から都心に出かける買い物に限って成立する仮説)について書かれて
いたことを前提を省略して輸入した日本の先生方のお説を鵜呑みにした結果であり、
もっと追求すれば自分自身で仮説の根拠を確認してみる、という作業を省略する、
我が国の伝統的な思考習慣にまで遡ることができるのであります。
「活性化」の定義もしないまま活性化事業に取り組む思考パターンと相通じるも
のがありますね。
*ハフ説
「ハフモデル」はもっとひどい。
ご承知のとおり、これは、「ある地域に住む消費者が、ある商業集積で購入する確
率は、商業集積の規模に比例し、そこに到達する時間距離の2乗に反比例する」と
いう仮説ですね。検索掛けてみるとあるわあるわ、論文、調査研究事例はては計算
ソフトまで。これは元祖・ライリーさんは1930年頃、もちろんショッピングセンタ
ーなどは影も形も無かった時代の、米国のコミュニティにおける買い回り型消費の
流出についての仮説でした。これは当時の米国のコミュニティ住民の買い回り型購
買行動としては妥当な仮説だったと思います。
ただし、ショッピングセンター全盛の今日には全く通用しない仮説だということ
は既に検討したとおりです。
さて、ハフさんは、ライリーさんの仮説を拡大膨張させて、何と、
1.ショッピングセンター時代において
2.消費者がある商業集積に買い物に出かける確率は、商業集積の規模に比例し、
3.そこまでの時間距離の二乗に反比例する、
という仮説を提出したわけです。
(この仮説をもとにいろんな手法が案出されているようですが、全てはこの仮説が
大前提になっています。つまり、この仮説が崩壊すれば手法は全て、文字通り、砂
上の楼閣となるわけです。)
当サイトでは「商業集積」を二つ(過程的には三つ)に区分することを提案して
います。
1.自然成長的商業集積:例えば商店街、郊外のロードサイド集積
2.計画的商業集積:例えば当社がいう「商業集積の3類型」に該当する商業集積
特定の購買目的に対するデスティネーションを計画的なテナ
ントミックスで作りあげている商業集積。
3.どっちつかず :施設は「計画」されているが、デスティネーションは計画さ
れていない、我が国既存の郊外型ショッピングセンター
さて、ある地区にこれら三つの類型の商業集積が一個ずつあったとして、それらの
集積相互の間にハフさんが言うような関係が成立するものでしょうか? 分かりや
すくするために例を出してみましょう。
A,B,Cという商業集積があったとしてそれぞれ上の1,2,3という性格の
集積だったとしましょう。それらの集積のちょうど真ん中(時間距離的)に住んで
いる人がある集積に買い物に確率は、その集積の「規模」によって決まることにな
ります。そんな馬鹿なことがありますか?
あり得る購買行動は次の通り。
1.ある購買ニーズが発生する。
2.自分が知っているお店を思い浮かべてどこがもっとも適切なデスティネーション
(買い物目的を基準にした行き先)であるかを判断する。
3.最適と思われるお店に出かける。
(このとき、デスティネーションはその人が当該買い物についてどのような「客相」
としての基準を持っているか、ということで変化します)
如何ですか? この場合、集積の規模などなんの関係もありませんね。
このことは「時間距離」についても全く同じように言えることです。
大事なことは、お客は、商業集積の規模や時間距離よりも、どこが自分のデステ
ィネーションとしてもっともふさわしいて店舗か、という判断をもとに行動する、
ということです。
この判断の基になる情報は既に持っています。少なくとも「商業集積の規模」や
「時間距離」を知っている商業集積なら、どういう店舗があるか、自分の特定のニ
ーズについてデスティネーションとなる店舗があるかどうか、ということはこれま
で何回か「お試し」で出かける間に把握していますからね。
もっと簡単な例ですと、ある人の住宅の隣がミニスーパーだったとします。ミニ
スーパーに隣接した向こう側にコンビニがあったとします。この人が「カルビーポ
テトチップス・うすしお」一袋を買いに出かける確率は、両方の「集積」の規模と
時間距離によって決まりますか?
異業種で比較するから駄目なんだ、同業同士の場合は成立するだろう、という反
論がありそうです。しかしこれも駄目、成立しません。
時間距離が同等で店舗面積も同一、片方は品ぞろえがスカスカ、もう一方は抜群、
というスーパマーケットがあったとします。二つのスーパーマーケットに出かける
確率は同じですか?
いや、いや、「集積の質」も問題だ、「修正」では質(?)を考慮している、と
いう声も聞こえてきそう。しかし、これも駄目です。スーパーマーケットの競争に
はすさまじいものがあり、静態的にどっちの売場が「質」が優れている、と固定的
に判断することは出来ません。また、例えば精肉はこっちがいいが鮮魚は向こう、
となると、今夜の献立次第でデスティネーションが変わってしまう。
ということで、ハフさんの仮説は、とんでもない前提に立っており、とても実務
には使えない、ということが明らかになったと思います。使ってもいいですが共同
店舗の理事長さんにバカにされます。
こういうトンデモなモデルがまかり通っているのは、ハフモデルで売上げ予測を
した人はその予測と結果を照合させる時点までフォローするということが無いから
ですね。あるいはどこでも使っている、予測が当たらないのはうちだけじゃない、
と安心しているのかも知れません。
実務では予測の制度云々よりもたちまち目標売上げ達成のあの手この手の方に目
が行ってしまいますしね。調査を請け負った調査会社さんはそのころ別件調査を受
託、計算に余念がない・・・。
ということでハフモデルって駄目じゃん、という声がなかなか出てこないわけで
すね。
最後に、ハフさんの仮説のトンデモなところをあらためて簡潔に。
ハフさんが想定しているのは、
1.商業集積の規模(面積や施設)を知っており、
2.そこまでの時間距離も分かっているが、
3.そこに行けば目的が達成できるかどうかは分からない、
4.面積とか時間距離で判断するしか方法がない
という大変特殊な条件の下にある購買客である。
ということです。こういう購買客っていますかしらね、ふつう。
いただいたメールによると、当社サイトには「吸引力理論」を勉強したい学生さん
が見えているらしい。資料庫にある「批判」はハフモデルには当てはまらないのでは、
という疑問が寄せられました。
他にも同種の疑問が無いともかぎらないため、あらためて展開しておきます。
*まとめ
米国のコミュニティというのは、西部劇に出てくるタウンのイメージですね。
市役所、義務教育の学校、病院、教会その他、恒常的・基礎的な生活に必要な機能
が揃っています。
商業機能は町の中心部に日常的なショッピングに対応する商店街があります。
ライリーさんの仮説は、太平洋戦争の遙か以前という時代、このような田舎町から
都市中心商店街へ買い物に出かけるときの行動に関するものでした。
今日、コミュニティにはウオルーマートが盤踞しておりまして、町によってはシェ
ア70%などと言われています。これはあり得る話です。
米国のコミュニティのライフスタイルは質素ですからね。
ハフさんはライリーさんの仮説をデタラメに拡大しました。
1930年代の二つの都市に挟まれたコミュニティ住民のショッピング行動に関する仮
説を「全ての商業集積についての全ての消費者のデスティネーション」仮説にして
しまったわけです。
ライリーさんの時代の当該都市の人口(当時、商業集積の規模は人口の≒関数と
考えられた)を集積規模に、距離を時間距離に変えることで、ショッピングセンタ
ー時代、マイカー時代に対応しようとしたのですが、どっこいそうはいきません。
この時代になりますとショッピングというのは日常茶飯事、自分の気の向いたとき
に気の向いた場所に出かけるということになっている。
行き先は集積の規模や時間距離などを勘案して決定されるものではありません。
行き先は、自分の期待している目的が達成されることへの期待可能性でで決定され
ます。
デスティネーションはこれまでの経験や新しい情報に基づいて決定されるのであ
って、そこに集積の規模や時間距離などが条件として出てくることはほとんど無い
と考えられます。
いうも愚かながら。
提出される仮説には、往々にして前提条件があります。
あまり方法論などを考えない場合には、この前提条件が本人に意識されないこと
があります。ライリーさんの場合は、ライリーさんが住んでいる時代の米国のコミ
ュニティ住民の購買行動、という前提条件を考えれば、蓋然性がありそうな仮説で
す。
他方、ハフさんのモデルの前提条件は、集積の規模と時間距離は理解しているが、
集積の内容についての知識は持っていない、という大変特殊な立場の消費者を前提
にしていました。
一般に、仮説にはその仮説が成り立つために必要な前提条件が隠されていること
がよくあります。隠すつもりはない、誰の目にも明かな条件が前提されているとい
う場合もあります。ライリーさんがその「法則」を発表した当時がそうでした。
ところが、往々にして、提唱者がいなくなり前提条件が無くなっても理論が生き
残り一人歩きをする、ということがよく起こります。先人が活用し成果を挙げた理
論ですから、今さら「この理論が成り立つためには前提としてどんな条件が成立し
ておくことが必要か」ということを考えてみるのは時間の無駄と思われたのかも知
れません。あるいは恩師への挑戦とかね。
人間の知識の歴史は、正しいと信じられていた知識が論駁され・迷信として退け
られていった歴史そのものですが、上に述べたような態度から知識が進化するとい
うことはまず有り得ません。知識の進化の歴史は、誰かが「正しい知識」の根拠を
疑い・掘り崩す、新しい知識が構築される、という作業の連続です。これは我々個
々人の知識の進化においても全く同じことが言えます。
全ては疑いうる。不可逆的な変動期のさなかにあるこんにち、あらためて自分自
身の知識を批判的に検討する機会を持つことは、どんな分野であれ、大変有意義だ
と思います。
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◆次号:NO.43 03年5月9日(Fri)
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