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『コンサルタントの眼』 No.27 2002/1/26 (Sat)
#コンセプチュアライザーtakeoが経済・社会の様々な事象を批評#
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お待たせしました!
# 我々が生きる時代 #
「脱・資本主義」に進路を取れ(長文ご注意)
*はじめに*
今回は、21世紀初頭における企業の正しい経営戦略は「脱・資本主義」を目指す
ことである、ということを論じてみたい。この戦略が世界中に波及すれば、企業・
会社は残るが資本主義は消滅する、という常識では考えられない事態が起こる。
いや、そういうことになるはずがない、というのが大方の読者の反応だろう。
しかし、企業・会社とはいったいどういう存在なのか、ということをよく考えて
みれば、会社はけして資本主義とそれほど相性がよいものではないし、資本主義が
なければ存続できないものでもない。
企業の目的は利益実現ではない、もちろん、これは資本主義の根本理念を否定す
ることであり、これまでの常識を大きく逸脱する主張である。しかし、会社は利益
実現のために存在するという資本主義の大原則を否定しない限り、資本主義企業の
明日は無い、というのが我々を取り巻く環境からの要請である。
以下の提案は眉に唾をつけながらご検討いただきたい(笑)。
簡単に結論を述べておけば、第一に、企業が日頃心がけ実践している「存続し・
成長する」という目的をあらためてはっきり理解し、第二に、「利益を挙げること
が企業の目的」という、信じてはいるが・やってはいないことをきっぱり否定する
最後に関係者の企業に対する期待に応え続けることが企業の行動原理であることを
確認すること。
この3点セットをはっきり理解して企業の根底に据えなければこれからの環境に
生き残り成長していくことはできない。
1.資本主義の発生・成長
資本主義経済を一言でいえば、「金儲けできそうなところに投資する」という仕
組みが経済のあらゆる分野に行き渡っている経済である。ただし、資本主義市場が
全ての経済を背負っている社会・時代というのはこれまで存在したことがないし、
今後も存在することはない。資本主義は非資本主義的要素と共存することではじめ
て存続できるシステムである。グローバライゼーションとてまったく同様である。
人間は環境(自然・人工・他人など)に働きかけて生活条件(衣食住など)を整
える、という営み(これが経済)によって生存し、生活文化を発展させてきた。
分業によって、「誰もが誰かの役に立つことで生活に必要なものを手に入れる」と
いうことが当たり前になり、交換・交易が生まれる。やがて貨幣の発明により市場
(供給と需要を貨幣が仲介する)が経済のなかで大きな位置を占めるようになって
来る。
資本主義は、「市場経済」の仕組みを利用して利益(投資した貨幣の増殖)を実
現しよう、という意欲から生まれた仕組みである。もちろん、このような利益を追
求する仕組みは資本主義以前にも存在していた。資本主義の特徴はどこにあるか。
簡単にいえば、資本主義は、供給側の誰かが生産や流通の仕組みを変えることで
これまでの供給のあり方を時代遅れにする(価格、品質など)、先行している供給
者、競争相手にうち勝って需要を自分に引きつけるということで利潤が獲得される
時代、大規模な投資を必要とする生産技術の革新が相次ぐ時代、生産側に資本投入
の必要があり運用先を求めていた資本とがおりよく巡り会った時代にスタートした
のである。
初期の資本主義は、折からの技術革新の波を追い風に利益が確保されると思われ
る分野に集中的に投資して、圧倒的な効率を実現するということが圧倒的に成功し
て多くの産業分野に広まり、ついには経済のほとんど全体を覆うまでに成長した。
後発の企業家は、新たなビジネスチャンスを求めて社会の様々な分野に進出、それ
らの分野を次から次へと資本主義システムに塗り替えていった。
資本主義の発達は、誰かが「これからは資本主義の時代だ」と考え、システムを
考案して作り出したものではない。また、資本主義経済システムに先行する経済シ
ステムが行き詰まった解決策として講じられたものでもない。
「儲かりたい」という一心の企業家・投資家の創意工夫の集大成が資本主義主体の
社会を作り出したのである。個々人の儲かりたいがための計画的行動が、資本主義
社会という意図せぬ結果を生みだしたのである。
2.資本主義の原理
資本主義の一番基本になる考えは、「供給=需要」ということである。
すなわち、作ったものは必ず売れる、という考え(これが信用の基礎)が資本主義
の根本にある。このことに相当の確信がある案件でなければ投資は得られない。資
本主義は、分業・交換という経済全体の中で「儲かると判断されるものしか作らな
い・売りに出さない」ということであり、利益を実現できると判断されない限り、
そこにどのように欠乏し充足を求めるニーズがあろうともそれは資本主義から見れ
ば需要ではない、ということである。
資本主義が生まれ急成長した時代とは、生活を維持し向上するための物的財貨が
全般的に欠乏しており人々に行き渡らない、という時代であった。つまり、社会全
体に物財に対する飢餓感がある時代に、これまでとは比べものにならない効率で物
財を生産する仕組みを作り出し、これを利用して利益を獲得しよう、という動機で
作られた生産(流通を含む供給側)システムである。
このことはよく覚えておいていただきたい。資本主義が生まれ成長してきた時代
は、人々が買える値段で物財を供給すれば必ず売れた、という時代である。その後
も王侯貴族の生活や有閑階級のライフスタイルなど「モデルとなる生活」が人々の
眼の前にあり、それらのライフスタイルの要素(例えば車)を大量生産・価格破壊
で売り出せば需要が拡大することが確実だったのである。供給=需要ということが
実感として体験できる時代にスタートしそういう時代が続いたからこそ、資本主義
は世界を覆うまでに成長することができたのである。
繰り返しておくが、資本主義とはものを作って売りに出せば売れるという社会で
「ものを作って売る」という仕組みによって利潤を得ようとするシステムである。
利益とは、経済行為に投資したお金が増える、その増えた分のことであり、資本主
義経済とは、投資したお金を増やすために営まれる経済活動のことである。
(売買行為が全て利潤を得ようとするものでないことは、商品を売ったお金で自分
の必要とするものを買う、ということを目的とする経済行為があることを考えれば
理解できよう)
資本主義における供給とは、「儲かると思われるものを作って売りに出す」とい
うことであり、「需要とは売りに出されたものを買う能力」である。人々のニーズ
(需要)を理解してそのニーズを充足するものを供給する、ということとはまった
く異なる概念であることを指摘しておきたい。
3.資本主義の限界
資本主義は、商品売買市場というシステムと需要の予測を前提として成り立つ。
需要の予測に基づいて、確実に利潤が得られそうなところに投資が行われる。資本
主義的投資=生産は、社会全体を見渡してその社会の成員に何が必要かということ
を基準に決定されるのではな、何が売れるか、ということ、購買力のある人々は何
を求めているか、ということを判断して行われなければならない。
歴史的な流れとしては、生産手段の革新や新製品の発明などによって、需要が生
み出され市場が拡大してきたことはいうまでもない。問題はこれまでの資本主義経
済における「供給」は何を基準に作り出されてきたか、ということである。
需要といわれる側に、供給側を一変させるような生産を提案する能力はない。潜
在需要=消費者は、供給側の提案を選択したり拒否したりはるが、自ら仕様を作っ
て供給側を改編するということは不可能である。
これまでは、さらに利益を、という欲望に突き動かされたいわゆるイノベーター
といわれる人々が新しい生産システムを作り出したり、新しい商品を考案したりす
ることで需要が拡大されてきた。資本主義の発展においてイノベーターの存在は大
きな要因であるが、これらのイノベーターがもたらした革新は、これまで存在しな
かった生活を創造する、生活の革新を意味するものではなかった。彼らのイノベー
ションの前提には、不足が当たり前だった生活必需品を効率的に生産することでさ
らに普及させること、王侯貴族の生活財のフェイク・廉価版を普及させる、という
ように、需要が予測されるもの、低価格になれば需要が伸びるものなどが相当の確
信を持って予測できた、ということがある。
もはやこのような意味でのイノベーション、世界に実現すべきライフスタイルの
基準があり、社会的な地位の高低や所得の大小でその実現程度が決まる、というよ
うな世界における、物財やサービスの革新、生産・供給方法の革新は、少なくとも
先進国と称される地域では終わっている。衣食住の基本的な供給システムは整備さ
れており社会全体に波及するイノベーションの可能性はほとんど無くなっている。
企業の競争はイノベーション=新しい提案をめぐる競争から如何に購買しやすいか
というローコスト実現をめぐる競争へと転回している。
この流れは際限のない低価格競争、コストカットをめぐる競争を不可避とする。
その結果は、企業規模・業種を問わずたリストラが横行しその結果需要が減退し、
企業は利潤追求はおろか、存続する、ただそれだけのためにさらにリストラをしな
ければならないという悪循環が続くことになる。今日我々が眼にしているとおり。
かくて人々があこがれる生活モデルというものが消滅した社会では資本主義は生き
延びることができない。
4.会社の原理
いうまでもなく会社は資本主義マシーンとして登場してきたものであるが、よく
考えてみると、資本主義の枠にとどまらない性格を持った仕組みである。
現在の資本主義企業は、株主、経営者、社員など様々の動機で参加している人々
(以下、関係者と総称する)の集合として成り立っている。給与、配当などの金銭
的期待をはじめ様々な社会的欲求を達成する場、手段の役割が企業に期待されてい
るのである。
企業は存続するためには関係者の期待に応え続けなければならない。もし株主、
経営者、社員の企業に対する期待に応えることがなくなった会社はどのような目的
・目標を掲げていようとも存続することはできない。企業は、関係者の期待に応え
ることがてはじめて存続を維持することができる。
関係者の企業に対する期待に応えるためには多くの場合経費が必要である。直接
的な金銭の期待(配当、賞与、給与)、社会的地位の昇進、スキルの向上、職場環
境の改善、良好な人間関係等々、関係者の企業に対する期待の実現は、企業にとっ
て自らを存続するたみに支払うべきコストに他ならない。このことは株主に対する
配当といえども同様である。企業から見れば、株主に対する配当も借入金利息も社
外に流出する経営コストである、ということに変わりはない。
企業がどのような目的・目標を掲げようとも、それを達成するためにはまずは関
係者の企業に対する期待に応えることが先決であり、そのためには何はともあれ、
企業は存続し続ける、ということを目指さなければならない。全ての企業に共通す
る目的は、存続すること、であって、利益を挙げることではない。
存続するためには、企業は関係者の期待に応え続けなければならない。
すなわち、企業の活動の基本は、企業の外部に存在する企業に対する関係者の期待
に応えるためのに必要なコスト減資を稼ぐことである。
このことに十分注意していただきたい。企業は、どのような目的を掲げようとも、
目的を達成するためには、企業存続に必要なコスト原資を確保しなければならない。
企業存続に必要なコストとは、企業の外部にある企業に対する期待に対して応える
ためのコストである。コストには過去の企業活動に要したコスト、現在の活動に必
要なコストがあり、さらに将来予想されるコストに対する準備、という課題もある。
利益とは将来支出すべきコストに対する今期の準備、という性格を持つ。利益=将
来のコスト原資なのだ。
企業の目的は利益の確保などという世迷い言を信じて経費節減を金科玉条のよう
に追求する企業に未来はない。 例えば他の条件はまったく等しいとして、今期、
教育訓練費 500を計上して適切に運用した会社と教育訓練をまったく行わずに当期
利益 500を計上した会社とを比較した時、いったいどちらが来期以降の業績が期待
されるか?ということを考えてみれば、このことは一挙に明かとなる。
かくて資本主義企業は非資本主義的企業に変身せざるを得ない。
利潤を求めて創業された企業は、利潤を実現するためには存続を続けなければなら
ず、存続するためには株主に限らず関係者の利害・企業に対する期待に配慮しなけ
ればならない。彼らの期待に応え続けることが企業存続の大前提である。
このとき株主の権利が排他的に優先されることはない。経験的にも社員の給与よ
りも配当が優先されるということは現時点の我が国では考えられないことである。
すなわち、利潤を期待して創業される資本主義企業の目的(=資本家のための利潤
の追求)は、創業したとたん、資本家以外の関係者の企業への期待と相対的なレベ
ルに位置付けられてしまうのである。
今日、利益は投資家に対する配当原資というよりも、企業存続に向けた戦略的コ
ストの原資と考えた方が適切である。利益の一部は当期の配当として外部に流出す
るその他は来期以降のコスト原資として社内に留保されるというのが一般的である。
このような企業の変身は単に企業内部の関係から要請されることばかりではない。
企業が存続するために活動する市場が一変しており、これまでの資本主義的企業の
ビヘイビアでは対応が困難になっているのである。
5.現代市場に適応できない資本主義
見てきたように企業の目的は今日すでに資本主義を大きく逸脱している。
しかし、これから見るように、企業の活動自体はいまだに「供給=需要」という資
本主義的発想にとどまっている。このような企業の性格と活動のあり方のミスマッ
チに経済停滞の大きな要因がある。
資本主義的発想とは、要するに利潤を求めて「儲かりそうなものを作る、儲かり
そうなものを売る」、「、設け話に投資する」ということである。「儲かりそうな
もの」とは何か? 「昨日売れたもの・昨日から推測して今日売れそうなもの」であ
る。今日は昨日の続きであり、昨日と今日はひとつながりであり、昨日満たされな
かった需要は今日も存続している、という発想(仮説)が根本にある。
歴史上、企業、特に野心的かつ有能な企業家はこれまで新しい利潤機会の開拓に知
恵を絞ってきた。その中には生活をより豊かにする新製品の提供と並んで価格を下
げることでこれまで需要に至らなかった社会的ニーズを需要に現実化する、という
こともあった。「イノべーション」といわれる企業家の行動である。
しかし、忘れてはならないのは、これまでのイノベーションには、多くの場合、
実現すべきモデルが存在していた、ということである。
初期の資本主義企業家の前に存在していた潜在需要(お金さえあれば需要になる
が所得が不足しているため実現していない)は、必需的な衣食住ニーズ中心がであ
り、これを実体化することが大きな事業機会であった。必需的ニーズが満たされる
につれてクローズアップされてきたのは生活改善ニーズである。「改善」というか
らには目指すべきモデルがなければならない。そのモデルは「王侯貴族」の所有す
る物財であり、富裕階級のライフスタイルであった。このような「モデル」が一般
勤労階級に(「大衆化」されて)普及していく過程が、資本主義が世界を覆ってい
く過程であった。これまでのイノベーションには、実現すべき・実現すれば利潤が
約束されている事業機会が存在していた。それは、「モデル」たる富裕階級のライ
フスタイル、その材料である物財あるいはその廉価版の普及ということである。
(資本主義はけして単独で存在し、単独で革新を行い、世界中にはびこることがで
きたのではない。資本主義に先立ってより広い経済があり、その中で生み出されて
いた生活様式というものがあってはじめて、それらをこれまで考えられていた以上
に利用しながら資本主義は成長してきたのである。)
今や先進国とりわけ我が国においてはこのような潜在需要=モデルは存在しない。
企業は自ら新しい事業機会をこれまでの経験からではなく、未来の先取りという形
で作り出していくことが求められている。新しい企業活動は、これまでのような過
去の生活をモデルにした、商品やサービスをより便利により安くして提供する、と
いう方向では存立できない。それらの分野はそれこそグローバリゼーションを生き
残り課題とせざるを得ない、ひとにぎりの世界企業の事業機会であり我々中小企業
が対応を云々できる領域ではない。
6.ラグジュアリィニーズを標的に脱資本主義に針路を取れ
新しい事業機会はあれこれの過去を参考に見つけだすことはできない。
新しい事業機会は、人々の生活のあるべき未来の先取りとして提案されなければ、
ならない。人々の未だ実現していない新しい生活づくりの提案として、生活の材料
として財貨・サービスが提案・提供されない限り、企業活動の基盤付加価値の源泉
としての新しい消費は生み出されないのである。
新しい提案の源泉はどこにあるのか? それは街角に、家庭に、人の在るところ
全てにその可能性がある。しかし、これを事業機会に作りあげていくためには「企
業活動の目的は利益の確保」という古くさい・信じてはいるが実際には誰も実行し
ていない考え方に立っていたのでは到底不可能である。
生活の現場で、生活している人々の立場で考えてはじめて思い当たることができ
るチャンスである。言い替えれば社員一人一人の企業人としての生活に先立つ、個
人としての生活の中でこそ新しい事業機会が生まれてくる、ということである。
万人共通の生活モデルが消滅した以上、新しい潜在需要の発見は、これまでの企
業の行動パターン=より便利に・より多く・より新しい・より安い商品の提供、と
いう枠組みをはずれたところにある。人々の生活の期待がラグジュアリィ=生活を
自分の好みで編集する、というレベルに至っている今日、企業がその期待に応えて
社員一人一人がその生活の周囲に新しい企業の貢献機会を発見することが必要にな
っている。
このことは、新に出現しつつあるラグジュアリィニーズを生の社会から抽出し事
業化するということであり、社員にはこれまで以にの企業への集中を求めることに
なる。社員はこれまでの人生経験の全て、24時間の生活の全てを挙げて、企業活動
に貢献しなければならない。それだけ自分が所属する企業、グループその事業対象
である人間の生活分野に興味があり共感がなければ、新しい事業機会の創造・獲得
は難しいだろう。
新しい事業機会は、時間とお金を交換するという資本主義企業対賃労働者という
図式を前提としている企業では獲得できない事業機会なのである。
新しい企業経営の発想は、企業目的としての利益概念を否定して社会的なニーズ
の充足に貢献することを通じて企業存続に必要なコスト原資を獲得する、という企
業の新しい定義を基盤に行われなければならない。「誰もが誰かの役に立つことを
通じて自分の目標を達成する」ということが分業社会の基本理念であるが、企業は
資本主義に先行する分業社会の原点に帰り、理念・目的・事業機会を再定義しなけ
ればならない。その上で「特定の社会的役割を果たすことを通じて存続に必要なコ
スト原資を確保する」という企業の営利活動が展開されてはじめて将来にわたる存
続の基盤を築くことができる、という時代なのである。
新しい企業は、経営者を先頭に分業社会における役割(=事業機会)を発見し、
これを自社の存続コストをまかなう収益機会へと編集する能力が必要である。
マーケティングの意義も大いに改革されなければならない。
企業は、それぞれ固有の目標を達成するために企業に参加し、その活動に貢献する
ことを通じて自分の目的・目標を達成しようと考える個々人が作る新しい組織を目
指すことになる。これは伝統的な・理論的な資本主義的企業の姿を大きく逸脱して
いるものである。利益の確保を目的とした「供給」に対する「需要」ではなく、社
会的ニーズの充足に貢献することをとおして企業存続に必要なコスト原資=付加価
値の獲得を目指す企業の目標は、組織原理からマーケティング活動のあり方まで首
尾一貫して脱・資本主義でなければならない。
この企業像はなにもかもが新しいというものではない。すでに多くの部分が現実
の企業の中で実現されていることである。本論はそれを資本主義の理論モデルと比
較して整理したにすぎないともいえる(もちろんこのような総括的な脱・資本主義
論の試みは本論の他にあまり無いとは思うが)。
資本主義を越えていく道は、社会主義などが主張するように資本主義社会の外部
にシステムを夢想するのではなく、資本主義システムの中に、その根幹である会社
という組織を現実の社会的なニーズに即したあり方に変革していく個々の企業の努
力をとおして漸進的に達成される。
考えてみれば、資本主義は社会の中から現れ、儲かりたい一心の「革新者」によ
るイノベーションが成功するにつれて模倣者が増え、次第に主流を占めるようにな
って現在に至っている。ポスト資本主義も資本主義社会の中から出てくる意欲的な
人々が社会の既存システムを利用しながら、既存の資本主義企業以上の成果を挙げ
ることで次第に資本主義に取って代わっていくことになるだろう。組織でいえばそ
れは「会社」である。
新しい組織は、いわゆる大企業の中から現れることはできない。また、彼らが必
要な組織の革新を為し遂げることもきわめて困難である。なぜならば彼らは膨大な
期待=コスト要因をかかえており、これに対処するためには昨日と同質の市場で、
「○○よりもこちらの方が○○」という、過去を基準にした競争の中で原資を稼ぎ
出す、というリストラ・スパイラルに陥っており、組織原理の見直しというレベル
に対応する余裕はないからである。
今日、脱・資本主義のイノベーターはあれこれの商品や生産手法、事業機会等の
イノベーターであるのみならず、企業組織を革新するリーダーであることが必要で
ある。これまでに述べてきた理由からこれらのイノベーターは、中小企業のオーナ
ー経営者という人々が生き残りをかけて挑戦しなければならない機会であり、彼ら
に優先権が与えられているチャンスである。
ラグジュアリィニーズへの対応・脱資本主義を目指す組織の構築が時代の戦略的
課題なのである。
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「我々が生きる時代」というテーマで何回か書いてきたシリーズ、これでひとまず
終了します。コンサルタントしてのリアルでの活動では、脱・資本主義の必要を痛
感させられことばかりであり、いわば必要に迫られて到達した考えとご理解くださ
い。グローバライゼーション、過去のいずれの時代にも存在しなかった「むき出し
の資本主義」を目指す情動であり、その本質は経済に対するデリバティブであるこ
とを確認しておきたいと思います。
今後しばらくは小誌のタイトルに忠実によりマーケティングな話題をお届けして行
きたいと思います。
新しい企業組織のあり方、事業機会への関わり方、関係者の能力開発などの課題
についてはこれまで私がテーマ別に展開してきたところでカバーされている部分も
多く、それらはクオールエイド社サイトの「資料庫」に格納されているのでぜひご
一読ください。
今回のテーマについてはクオールエイド社サイトの「経営フォーラム」で質疑・討
論を行いたいと思います。ご参加ください。
http://quolaid.com/cgi/kforum/wforum.cgi
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◆quolaid.com情報◆
※小誌はクオールエイド社サイトの「Flash Note」欄と密接に関わっています。
http://www.quolaid.com/cgi2/sunbbs/index.html
併読いただければ幸いです。
最近では 100均、ドンキホーテを「贅沢を売る店」として論じています。
◆次号:NO.28 02年1月31日(fri)
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