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〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜 No.19 2001/11/30(Fri)
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  ◆       『コンサルタントの眼』   ★毎週金曜日発行★ 
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◆□■□◆コンセプチュアライザー・タケオノブオが    
 ◆□◆     経済・社会問題に関する様々な事象を批評。    
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◆コンサルタントの眼◆
     「我々が生きる時代」について
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  「我々が生きる時代」」ということで、この時代の特徴をトータルに把握し
 たいと数回にわたって取り組んでいる。はじめは3回くらいで簡単に済ませよ
 うという魂胆だったが、いざ取りかかるとあれもこれもと話が広がり、ついに
 「市場経済」についての論議をせざるを得ないというところに来てしまってい
 る。

  人間が生存を維持するためには、エネルギーを摂取するとともに外界環境を
 生存が維持できる条件に整備することが必要である。
  経済とは、基本的にこのような人間の生活を維持するための資材や労務の獲
 得、という必要性に端を発し、「ゆとり」の程度に応じて生活を楽しむ、とい
 うレベルの活動までを含むものであることは言うまでもない。
  歴史的には、採集・狩猟という自給自足から始まり、分業や地域間の交流に
 よる交換の発生、貨幣の発明による市場経済の出現、資本制という貨幣増殖制
 度の発明による「全ての経済の市場経済化」へと移行してきた。
  我々の生きる時代とはまさしく利潤の追求=貨幣の増殖を目的とする市場経
 済が人間の生活のための経済とイクオールとなっている時代である。
 
  市場経済に於ける需要&供給とは「利潤の獲得」につながると予測され、実
 現した限りでの需要であり供給であることは誰もが知っているところである。
  生活を維持するための物財やサービスの生産が、利潤を確保する手段として
 営まれている。
  人々が生きるために必要な物財サービスの供給という仕事を利潤獲得の手段
 にしている、あるいは利潤獲得という目的追求の手段として人間の生活に必要
 な物財サービスが提供されている、というのが我々の住む社会の経済の実態で
 ある。
  この仕組みはこれまで効率よく人々の生活に貢献してきたが、今や人間の生
 活と市場経済という生活のための仕組みの間には大きなミスマッチが生まれて
 いる。 
  (ところで「経済学」が需要と供給に関する学である限り、それは市場経済
 学であり利潤追求の行動の説明でしかないと直感するのだが果たしてどうだろ
 うか?)

  もちろん、これまでこのような利潤を追求する企業活動が人々に就業と所得
 の機会を提供し、そこから生まれた需要が供給を潤すという「拡大再生産」が
 我々の生活水準をかくあらしめてきたわけである。
  市場経済は紆余曲折はありながらも、人間の生活を維持拡大していくうえで
 絶大な役割を果たしてきた。
  市場経済の発明がなければ人間の生活は現在のそれとは大きく異なるものだ
 ったであろうことは簡単に想像できることである。しかし、これはあくまでも
 時代的な条件がもたらしたことであり、このような「僥倖」がいつまでも続く
 ことが先験的に約束されているわけではない。

  先に私は、物財の多少で豊かさを象徴させる時代、万国に共通する豊かさの
 象徴として物財が占めてい位置は少なくとも先進国においては消滅した。新し
 い時代は「ラグジュアリィ」が追求される時代であり、各人が「その好みに応
 じて」生活を作りあげ堪能する時代である、ということを「時間堪能型社会」
 として述べた。
  このような新しいライフスタイルが実現しなければ、人類の将来は大変暗い
 ものになるだろう。今起こっている物財生産システムの最適性の追求は、生産
 システムからの人間の限りない追放をもたらしつつある。失業者の増大は、シ
 ステムが作り出す財貨・サービスを消費する能力の減少という結果を伴いなが
 ら進行している。
  一方、供給側では相も変わらず利潤実現のための競争の激化、いわゆるグロ
 ーバリゼーションの奔流が押し寄せている。グローバリゼーションの進展は、
 ついには現行社会体制の基盤を掘り崩すものであることは言うまでもない。
  想像していただきたい。グローバリゼーションが理想的に進展したときが市
 場経済の完成した形だとして、その時、その供給サイドのシステムから追放さ
 れた人間はもはや「需要」としての能力を持たず「市場経済」上は存在しない
 のである。
  グローバリゼーションは、口先では市場に任せろといいながら、その実、自
 らの需要と供給のシステムから追放した人間やその必要を国民国家に押しつけ
 ようとしている。もとより租税を原資として運営される国民国家にそのような
 能力が無限にあるはずもない。

  今、長く続いた市場経済と人間の生活との蜜月が終わろうとしているのでは
 ないか。
  我々が生きる時代とはまさにそのような時代ではないだろうか。
  市場経済のシステムの動きそのものとして新しい経済を作りだし、新しい社
 会を実現する、ということが可能だろうか。グローバリゼーションというドラ
 イブに逆らって「時間堪能」、ラグジュアリゼーションという新しい需要(市
 場経済的な需要ではなく、個々の人間の生活から出てくる欲求)に応えていく
 仕組みの模索がその道を切り開いていく端緒となるのかも知れない。
  新しい流れは、NPOや地域通貨など新しいシステムの模索と連関しながら次
 第に水量を増していき、やがては大海へと至るかも知れない。

  結論はグローバリゼーションvsラグジュアリゼーションというマーケティン
 グテーマとして見えているのだが、そこに至る道程としていろいろ論じなけれ
 ばならないことが山積しており、うーむ、とてもメルマガのテーマではなかっ
 たのかも知れない。
  しかし、乗りかかった船、当初のもくろみより時間はかかっても一応の決着
 はつけるつもりである。このテーマは断続的に追求していきたいのでおつきあ
 いのほどを。


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◆ご案内◆セミナー講師

  12月4日、クオールエイド社のホームページで既報のとおり、佐賀商工会議
 所主催の中心商店街活性化に関するセミナーの講師を務める。先日、対象とな
 る商店街を軒並み訪問して参加を勧誘した。当方としては勧誘と併せて店舗を
 見せてもらい、言葉を交わすことで大いに収穫があった。いつも感じることだ
 が、商店街に限らず仕事をしていて一番勉強になっているのは指導・支援して
 いる私自身である。

  自慢のようだが当社のセミナーは受講した人としなかった人の間に大きな意
 識のずれが生じてしまうので、関係者には出来るだけ多く参加してもらいたい。
 セミナーなどの場合、特に主催者の勧誘状況などを勘案しながら(笑)、場合
 によっては自身でも開催の案内に回ることがある。「買い物の場」は実際に歩
 き買い物を試みてはじめて分かることがたくさんある。

  一般に活性化基金事業が創設されて以来、様々な補助金メニューを活用して
 きた商店街では、「買い物の場」として最も大切なそれぞれの店舗の「シャッ
 ターの内側」の改革がおろそかになっているところが多い。
  佐賀市の場合も、うーむ、駆け足で拝見した限りでは失礼ながら余り個店の
 改革に専念しているという様子は感得できなかった。
  人通りの多寡とお店の活気は別物、たとえその時間帯に人通りが少なくても
 繁盛しているお店にはそれなりの雰囲気がある。
  一時はモールの見本といわれた唐人町も再び空き店舗が増加傾向にあるよう
 で、全般的に由々しき事態である。その原因は一世を風靡した熊本市のシャッ
 ター通りがダメになった理由と同じ。
  これはセミナーではっきり指摘する。
  それにしてもセミナー勧誘への反応、いまひとつ鈍いなぁ。

  帰ってから我がまちの組合の理事長に状況を話したところ、自分が佐賀まで
 いって各商店街の理事長さん方を訪問、勧誘するとのこと。おー、そこまでや
 るとはみんなびっくり、きっとどうして?、なんで?、なにがなんだか分から
 ないことだろうね。
  また、今日当社に見えた福岡の問屋さんも佐賀市内の取引先を誘い、かつ、
 自分も出席するとのこと。他にも勧誘と参加を申し出ている人がいある。当日
 は見知らぬ顔がいくつもあって担当者はびっくりでしょうね。

  私どもは、万が一にも佐賀市の商店街がこのまま挫折するようなことがあれ
 ば武雄市への問屋の巡回ルートに大きな空白が生じる、佐世保、大村、諫早が
 こければルートが廃止になる、さらに全国各ルートで同様の事態が続けば廃業
 する問屋が続出する、川上の事情で商店街は壊滅、という可能性を見ているの
 である。
  佐賀市の中心商店街の活性化は武雄市の意欲的な商業者にとってけして他人
 事ではない。もちろん福岡の問屋さんにとっても同じことである。いらぬお節
 介をしているわけではなく、自分自身、自分の商売のため、佐賀市商店街活性
 化への一助を目指しているのである。

  商店街活性化、同時多発で今すぐスタートしないと大変なことになると考え
 て行動している人たちがいる、というご紹介まで。

  いくらなんでも杞憂かもって? そう考えた人は状況知らなさすぎ。百歩譲
 ってそうだとしても自店が繁盛店に生まれ変われるならいいんじゃないの? 
  当社の理論は、たとえ商店街は枷しかできなくても前向きに取り組んだ人に
 は必ず御利益がある、というように出来ているのです(笑)。
  次回は、このセミナーの顛末について報告したい。
    

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◆次号:NO.20 12月 7日(fri)