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〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜 No.16 2001/11/2 (Fri)
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  ◆       『コンサルタントの眼』   ★毎週金曜日発行★ 
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◆□■□◆コンセプチュアライザー・タケオノブオが    
 ◆□◆     経済・社会問題に関する様々な事象を批評。    
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◆コンサルタントの眼◆
     「われわれが生きる時代」 
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   前号では「時間堪能型社会」というこれからの趨勢について述べた。時間堪能
  型社会という切り口からみえてくるマーケティングの課題などについてはおいおい
  考えていくことにして、これから2,3回はわれわれが生きていく時代の特徴を明
  らかにしたい。

  ■21世紀初頭,人類,特に先進諸国が直面するのは,拡大の一途をたどって
  きた世界規模での「生産力」はこれから先き,その一層の発展に見合う需要
  をどこに見いだしうるか,という問題である。
   グローバリズムだとか構造改革だとかの「生産力の拡大発展」を善であると
  してけして疑わない思い込み(イデオロギー)の根っこには,人間の欲望には
  際限がない,あるいは無限ではないにしてもとりあえず,そのキャパは現時点
  では∞と仮定してよい,ということがある。
   これは古今東西,通史的な暗黙のご了解だった。生産性の向上,今日ただ
  いまも世界中を覆っているこのイデオロギーが成立する根拠としては,普遍的
  な「物財の欠乏」,働かないと生きていく糧を確保できない(そこらに転がって
  いないし,分業体制ではその成員に交換能力が必要)という時代的な制約(あ
  くまでも時代的な制約で普遍的なものではない)ということがあった。さらに働
  けば何とかなる,という環境条件もある。つまり,労働の果実として消費能力
  (所得)が獲得される,労働が実りあるものとして確認されるということも必要だ
  った。誰かが言っていたと思うが,イデオロギーが成立するにはそれなりの条
  件・基盤が必要だが,いったん出来あがってしまえばこっちのもの,イデオロギ
  ー自身が自己を正当化する状況を作って行く。
  ■この生産性信仰イデオロギーを暗黙の了解(昔風に言えば共同幻想)として
  少なくとも資本制生産方式が制覇している先進諸国に至る「世界史」はあった
  わけ。これらの条件を逸脱した社会は,当然ながらこのようなイデオロギーや物
  財フェチに陥っていない。これは労働と時間というたぶん人間の根元的な条件に
  関わることであり、21世紀は地球規模、人類規模でこのレベルの問題に直面し
  ている。
   今日の凄まじい生産性追求って,利潤追求−生産性イデオロギーが蔓延する
  なかでの生産プロセス(流通も含めて)のいっそうの合理化の追求のこと。ドラス
  ティックにはこれまでの生産システムを根こそぎたたき壊してしまう人間の機械
  による置き換え,「人減らし」が生産性の向上のメインディッシュであることは間違
  いない。
  ■これまでも個別産業部門や特定の地域などでは相当の浮沈を伴いながら今日
  まで経済が拡大してきたのは,地球規模での資源の遍在と「働かざるもの食うべ
  からず」という鉄則が成立する自然条件→「食いたいなら働け」という分業システ
  ムによる生存条件作り→「曲がりなりにも働くところはある」という生産力の段階,
  というような関係が総合的に成り立っていたからだった(もちろんそれらの背後に
  消費生活拡大の余地,すなわち,大衆が真似たい生活モデルが存在していた)。
  第一に消費(生産)財の原料となる資源が遍在(種類,量,分布)していたこと,
  第二に資源を加工して消費財をつくり出すプロセスの発展段階が人間の物理的
  な力の動員(就労)を必要としていたこと,この二つの前提条件の上に交換・貨幣
  経済が成立する,その限りでのことだった。
  ■ちなみにこの前提は資本制生産にとってももちろんハード&OS。「資源枯渇」あ
  るいは「働かなくても食える」あるいは「働かなければ食えないが働く場所がない」
  というような社会的条件が一般的な環境ではこれまでみたいに合理化の追求によ
  る経済の拡大は期待出来ない。つまり,合理化の追求という目標は,けして人間
  社会にとって万古不易の目標のひとつではなく,ある一定の環境下においてはOK
  だけどその条件を逸脱(どっちの方向にせよ)した社会では成立しない「歴史的な
  環境における必然」だったということ,つまり「生産性向上」は人類にとって「特殊相
  対」的な価値だということが見えてきた。
   ということで水の惑星地球が存在し,人類を頂点とする生物相が存在する可能性
  が希少であるということはよく言われているけど,人間の歴史がかくあった,というこ
  との条件についてはあんまり言われたことが無いんじゃないかな。
  ■余談になるけど,「資源」と「生産力拡大の余地」と「奢侈の不足」があって始めて,
  これまでの人間の歴史を経済発展の歴史として総括出来ると主張するマルクス主
  義的な歴史観(=ブルジョア社会の歴史観)が成立するのであって,こんなものは
  歴史の法則でも何でもない。もっといえば,マルクス主義の駄目さ加減は,別にベ
  ルリンの壁やソ連国家が崩壊したことではじめて証明されたなんてことではない。
  @歴史に法則があるという(歴史法則主義)デタラメと,A歴史の原動力は生産力
  の発展である(唯物史観)というデタラメ,主義者(このごろは趣味者というらしいが)
  の主張は,依って立つ2つの次元で最初から根本的に誤っている。
   マルクス主義を批判するならこのレベルでやらないとダメだし,特に脱資本制の
  生産・分配システムを構想しなければならないという問題状況においてはマルクス
  主義あるいは社会主義一般(リバータリアンとか)からパクルべきことがいろいろと
  ありそう。その時,マルクス主義=究極の全体主義の再来に陥らないためには,
  マルクス主義の敗北はベルリンやソ連の崩壊で証明された,などと馬鹿丸出しを
  言うんじゃなくてきちんとしたレベルで批判しておかなければいけない。
  ■生産性の向上がどんどん進んでいくと,個々人は「労働者」としても「消費者」と
  してもますます生産−消費プロセスから放逐されていく。大量に生産される商品は,
  「消費者」によっていい塩梅に消費され,生産−消費プロセスから排出されていか
  ないと経済が成立しなくなる(経済はその首尾両端を非経済レベルに接続出来て
  はじめて成立する)。ところが消費者の財布の中身は分業体制に荷担した報酬で
  成り立っているから,生産プロセスからはじき出されることは=消費プロセスを担
  えない,ということを意味する。部分的・短期的には社会補償制度などで対応出
  来るにしても「グローバリゼーション」,「ベンチマーキング」などコストリーダーシッ
  プ争奪戦を将来にわたって社会保障が担保するなんてことは絶対に出来ません
  からね。
  ■ということで,現下の情勢をめぐるもろもろの論説が暗黙の前提としている「生
  産性の追求」は,それ自身の論理によって自分の足下を掘り崩しつつある。これま
  での歴史上のほとんどの経済を経済たらしめてきた条件が崩壊しつつある,という
  のが私の観望するところ。社会主義に勝った,勝ったとはしゃいだこともあった資本
  制生産システムは,生産性の追求というそれ自体の本性の帰結としてその依って
  立つ基盤を崩しつつあるとゆーわけ。一言で言えば,「構造改革も結構,グローバ
  ルスタンダードもそうでしょう,ところで購買力(マインド&力量)はどこからもってくる
  の?」ということ。世界に株式会社が1個あって全ての需要に対応出来る体制を構
  築していると想像してみる(グローバリゼーションって突き詰めればそういうことです
  よね?)。会社は,徹底的に生産性を追求することで「地球規模の競争」に勝利した。
  その生産システムのほとんどが無人化されているとしよう(同社が競争に打ち勝ち
  世界を制覇するに他に手段はなかった)。同社社員以外の圧倒的な人間(人類の
  ほとんど)は,就業機会=生活財を購買する所得を得るチャンスが無いから,世界
  唯一水準の商品を横目で眺めることしかできない。もちろんこのことはすぐさま会社
  の業績に跳ね返る・・・・。このことは別に会社じゃなくても「世界の工場=中国」で
  もいい。
  ■まあ,1社というのは極端だけど,世界経済って無限にそっちの方向に向かって
  猪突していることは間違いない。現下の不況もたぶんにこのような社会の根本的な
  構造に起因するものだとも考えられる。このまますすめばこれはもう,すさまじい社会
  挫滅へのシナリオですね。「働かなくても食える」くらい生産性が向上した社会で「働
  かざるもの食うべからず」というシステムを社会の基本制度として運用しようとすると
  システムはたちまち行き詰まるということが自動的に結論される。
   で,今日の状況は,まさしくこの経済破滅へのシナリオのはじめの数頁という段階
  かな,というのが漠たる判断。だって現下の消費不況,通説は先行きの情勢に対す
  る不安に起因するというのが多いようだけど,これは信じがたい。もしそうならもっと
  購買先選択時点で価格選好性が顕著に出てしかるべきはず。実際には(低価格を
  訴求しない)CVSがディスカウントにしてやられたということもないようですしね。ディス
  カウントの平均買い上げ点数減とかだって「ゴミはもう買わない」ってことと「緊縮マイ
  ンド」どっちとも言えないし。「不況」ったって提供されていたものはやがてちゃんとまた
  売れるようになったこれまでの不況とは構造が違うから今度はそうはいかない。前み
  たいに売れるようにはなりませんからね。
  ■これまで学校でベンキョーしてきた不況・恐慌は,生産性の爆発的な拡大に消費が
  同時的に拡大・追随することが出来なかったために発生する,ということだった。つまり,
  これまでの不況の背後には,当座手元不如意な潜在需要が無限と思えるほどいっぱ
  いあったから,過剰在庫も一段落すると消費の胃袋に飲み込まれて,再び成長軌道に
  復帰する,というパターンが成立していた。でもこれから先はそんな潜在需要なんて少
  なくとも先進国ではどこにもありませんからね。(時間堪能社会の一側面はこういうこと
  を意味している)よしんばモバイルやらなにやら新たな需要を喚起したにせよ,世界・1
  業種・1社システムを目指す滔々たる趨勢では遅かれ早かれ,というわけ。
  ■われわれが直面している「明日の問題」は「働かなくても食える」までに発展した生
  産システムの成果を「働かないもの・働く機会が無いもの」にどう分配するか,というこ
  と。その昔,「能力に応じて働き,欲望に応じて受け取る」なんてコンセプトが流行った
  けど,これから問題になる生産力過剰→消費購買力の漸減というワンセットの事態って
  生産力信仰にどっぷりのマルクス主義ではどうにもならない。
   時は移り,今や「能力に応じて働ける機会は出来る限り潰して行くが,どっかで稼ぎ
  を見つけてもっともっと買って欲しい」というのが「世界資本主義=ゆーところのグロー
  バルスタンダード」の要請です。 でもこれはもう先が見え見え,やはり,「生産と無関
  係に分配・再生産するシステムを構築すること」が人類の21世紀初頭の課題ですね。
   

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 ※中心市街地活性化の支援をビジネス領域とする企業・個人のネットワーク作りを呼
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◆次号:NO.17 11月9日(fri)