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K088■「革新」論

投稿時間:2004/02/08(Sun) 15:14
投稿者名:takeo
タイトル:
「革新」論
経済学の領域で資本主義の動態論として「革新」を提唱したのは周知の通り、シュンペーターです。

その後革新理論は経営学の方に移植されまして戦略論レベルでどんどん使われています。経営戦略論といえばシュンペーターの掌上にある(w

シュンぺーターは資本主義の最後を予言しているわけですが、その論拠としては第一に企業家の機能が経営内部の官僚によってになわれるようになる、ということでした。

「革新」が企業官僚つまり経営者によって経営戦略論として取り組まれている現実は、シュンペーターのいう「資本主義から企業家が排斥されていくプロセス」であり、資本主義がなにものかに変身していくプロセスがすでに始まっている、ということでしょうか?

シュンペーター

http://images-jp.amazon.com/images/P/449237079X.09.LZZZZZZZ.jpg

以前にも紹介したような気がしますが。
このところ、いろんなところで目につくようになったような。


投稿時間:2004/02/12(Thu) 07:26
投稿者名:takeo
タイトル:
Re: 「革新」論
「革新」は、当社が提唱する中心市街地活性化の方向である「転換」と相通じるところがあります。

「革新」とその環境について、考えてみたいと思います。


投稿時間:2004/02/14(Sat) 13:34
投稿者名:takeo
タイトル:
贈る言葉(W
シュンペーターさんが革新志向の企業者に贈る言葉(W。

****************************************************

(リーダ−シップの)中心課題は常に国内生産力の従来とは違う活用法の実現であり、それはつまりこの国内生産力を従来の使用法から解放し、新結合のために活用できるようにすることである。
 そのときに克服しなければならない仕事の性質は、一つには新しい道を行くための客観的・主観的な困難および、それに反対する周囲の抵抗によって特徴づけられる。客観的な困難をあげるなら、たとえばこれまで知らなかった製品の生産および販売のためのデータは、前年と同じことだけを行ってきた生産・販売組織にとっては、明らかに経験で知っているこれまでのデータと同じようによく内容のわかったものではあり得ない。むしろデータは乏しい資料を基に自力で作ることさえ覚悟しなくてはならない。その結果として誤謬の可能性は、段階的どころか飛躍的にずっと大きくなる。これまでも行われており、機械的な繰り返しですむ作業と、片や意識も新たに初めて遂行しなくてはならない仕事、その間の差は段階的であると同時に、きわめて険しい。

 それに加えて、主観的な困難と我々に感じられるのは、新しいことを習慣にしなくてはならないことである。その場合には、確実な現実感のある感覚を支えにすることはできないし、我々の考え方や行動のこれまでの習慣を克服して、ルーティンとなっている習慣への奴隷状況から自らを解放しなくてはならない。

 そして、最後に、我々を取り巻く周囲の環境は、新しい取り組みや状況に抵抗する。慣れたことが毎年繰り返されるうちは、人々は自動的にしかも通常は喜んで協力してくれる。しかし、新しい方法には身内が反発し、消費者が気乗り薄で、新しい経営形態には世論・官庁・法律・信用供与者等が抵抗を示す。
ルーティンワークでは走り慣れた軌道に乗っていたので、その国のその時代の人々の平均的知性と意志力で十分対処できたものが、上述の困難を克服するためには、少数の個人しか持たないような資質が要求される。

それゆえ、一つの国民経済をそっくり新しい軌道に乗せるため、また、彼らの経済経験の蓄積を新しく作り替えるため、こうした個人による経済的リーダーシップが要求されるのである。

(注・ほんの若干、takeoが編集しました)

*******************************************************

『企業家とは何か』p31〜32
J・Aシュンペーター 東洋経済

皆さ〜ん、決意のほどはよろしいですよね〜(W


投稿時間:2004/02/15(Sun) 21:21
投稿者名:takeo
タイトル:
ちなみに
我が経産省にはシュンペーター派がいるらしく(W、創業とか革新とか「っぽぃ」事業を創案しています。

一億企業者の時代?
シュンペーターは、革新の内製化による資本主義の終焉を唱えました。これに反発したのがサッチャーの「反革命」とやらで国有企業をどんどん民営に切り替えました。
きょうびの我が国では般ピーに創業を促す政策を講じることで資本主義の終焉を回避しようとするのでしょうか(W

既存の経営者は期待されていない?のかも知れませんですね(W


投稿時間:2004/02/29(Sun) 21:22
投稿者名:takeo
タイトル:
と思っていたら
同業者から耳打ちを受けまして、「創業」系は下火、今は「経営革新」だぞ、ですって。

そうこなくちゃ(W

当社のように中心市街地をリテイラーとする国内・消費財産業の今一度の隆盛を夢想する場合、既存経営の革新は絶対に避けて通ることが出来ない課題ですからね。

とりわけ。
ラグジュアリィニーズという豊潤肥沃な市場を透視する当社のごとく、旧市場に沈滞低迷する中小零細企業と同盟、従来の体制のまんまで新市場を形成しようという「トンデモ」を標榜する場合、「経営革新」こと、従来の商品・サービス・流通エトセトラを色眼鏡で弁別、装いを変えることで新市場をでっち上げようという魂胆ですから、国がそういう路線に重点的に措置を講じてくれるのは結構なことですね。

投稿時間:2004/02/15(Sun) 20:18
投稿者名:takeo
タイトル:
革新の5類型
シュンペーターさんによれば。(ちょっと詳しく引用しておきましょう)

1.新しい財貨、すなわち消費者の間でまだ知られていない財貨、あるいは新しい品質の財貨の生産
2.新しい生産方法、すなわち当該産業部門において実際上未知な生産方法の導入。これはけして科学的に新しい発見に基づく必要はなく、また商品の商業的取り扱いに関する新しい方法をも含んでいる。
3.新しい販路の開拓、すなわち当該国の当該産業部門が従来参加していなかった市場の開拓。ただい、この市場が既存のものであるかどうかは問わない。
4.原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得。この場合においても、この供給源が既存のものであるか−単に見逃されていたのか、その獲得が不可能と見なされていたのかを問わずーあるいは初めて作り出されねばならないかは問わない。
5.新しい組織の実現、すなわち独占的地位(例えばトラスト化による)の形成あるいは独占の打破。
(以上、『経済発展の理論』岩波文庫 p101)

これが新結合=革新の5つの類型。
これらの機会を発見し、ものにしていくことこそ、企業者、つまりはあなた・我々に期待されていることです。

革新を志す人にとって千載一遇のチャンスが、「ラグジュリィ・マーケティング」の地平が広がる現在の経営環境。
「ラグジュアリィ」というメガネをかけて世間を見渡せば、1から5まで、「革新」のネタはそこら中に転がっている(W

ちなみにシュンぺーターさんは、1950年に出版された『資本主義・社会主義・民主主義』において、大企業型小売業の出現で競争の様相が激変すること、そこに起こることは「創造的破壊」である、と述べました。(東洋経済 p132〜、参照できる環境にある人は、ここ「第七章 創造的破壊の過程」再読あれ)

今日、我々は大企業型小売業が中心となって形成している、ルーティンビジネスを打破=創造的破壊のチャンスに遭遇している(W

商店街を創造的に破壊したのは量販小売業であって商店街既存の小売業者の自生的発展ではなかったように、量販小売業の創造的破壊も既存量販小売業者の手によって遂行されるわけではありません。

それをやるのは(誰でも良いが)なんと、商店街で臥薪嘗胆、今日まで細々と生き延びてきた一周遅れの我々だぁ〜(W


投稿時間:2004/02/16(Mon) 20:28
投稿者名:takeo
タイトル:
「FOR」の転換
> 革新を志す人にとって千載一遇のチャンスが、「ラグジュリィ・マーケティング」の地平が広がる現在の経営環境。
> 「ラグジュアリィ」というメガネをかけて世間を見渡せば、1から5まで、「革新」のネタはそこら中に転がっている(W

眼前の状況は一個ですが、そこから得られる意味・情報は、どのような「FOR」を装備しているかによって月とすっぽんほど違います。

同じ状況がある人には涎が出るようなチャンスに見え、また別のある人には身の毛もよだつ脅威と思われる・・・。

この違いは判断を依拠する「FOR」の相違の他にありません。



恐ろしや、「FOR」。
投稿時間:2004/02/17(Tue) 15:00
投稿者名:takeo
タイトル:
考えてみれば
なんのかのといいながら、私たちは自分の身の丈寸法のFORを振り回し、勝手に外界を評価し、問題を発見し、問題を解決し、そのプロセスで一喜一憂する けして短期で考えていけない、ものごとは長い目で見よう、などといいながら。

ところが。

長期的にはみ〜んな死ぬわけでありますね(W。

ところがこれも考えようでありまして、不老長寿の身であれば何もあくせくすることは無いわけで、一事が万事、「そのうちね」といっておけばよろしい。

そうはいかないのは、我々がいつか死ぬ、しかし、それは今日・明日ではないだろう、ということで、まあ煩悩というのはこのあたりから生じるのでありましょう。

FORをめぐっては、「よりよく生きる」ための整備手法がいろいろありまして、そのうち話題がとぎれたときに取り上げます。
これはたぶんご期待以上になるかも、です。

投稿時間:2004/02/17(Tue) 15:27
投稿者名:takeo
タイトル:
色眼鏡
1.新しい財貨
2.新しい生産方法
3.新しい販路の開拓
4.原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得
5.新しい組織の実現

一読明らかなように、これらはどちらかといえば「成熟市場」をブレイクスルー、新しい地平を切り開こうとするものです。

このとき需要の方はと言いますと、こちらは従来通りの市場・供給に概ね満足しています。いわば静かな湖水に投石するかのごとく、この市場に「革新」が登場する訳です。
馬車で事足りていたのに自動車が登場した、というわけですね。

これで馬車業界は壊滅、長距離移動のソリューションは自動車に置き換わった。これが創造的破壊ですね。

今日我々が直面しているのは、馬車−自動車の転換のような投機的革新ではありません。ねらいはハッキリしておりまして、すなわち、ラグジュリィなニーズへの対応。
これはたぶん、いままでの革新とはちょいと毛色の違う革新です。

ラグジュアリィっぽい色眼鏡を掛けると、いつも見慣れた陳腐な商品・生産方法・販路・供給源・組織が突然、アップツーデートな色合いを帯びてきます。

課題となっている革新、まずは色眼鏡を掛け替えてあたりを見渡すだけでよろしい。手間暇掛けず・お金もかけすにチャンスを発見しちゃいます。

投稿時間:2004/02/17(Tue) 16:16
投稿者名:takeo
タイトル:
色眼鏡の効用
> 1.新しい財貨
> 2.新しい生産方法
> 3.新しい販路の開拓
> 4.原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得
> 5.新しい組織の実現


ではなくて、
1.いままでの財貨
2.いままでの生産方法
3.いままでの販路
4.いままでの供給源
5.いままでの組織

からスタートして、革新をやっちゃおうというのがラグジュアリィマーケティング。

早い話。
従来、価格と品質で区分していた商品群から、ラグジュアリィ適品をピックアップ、品揃え・サービス・販売環境を再編して新しい需要に対応する、つまり「店づくりの転換」こそがきょうびの革新というわけです。

やるべきこと。まずは色眼鏡の掛け替えから。


投稿時間:2004/02/18(Wed) 11:07
投稿者名:takeo
タイトル:
「店づくりの革新」
> 1.いままでの財貨
> 2.いままでの生産方法
> 3.いままでの販路
> 4.いままでの供給源
> 5.いままでの組織

> 従来、価格と品質で区分していた商品群から、ラグジュアリィ適品をピックアップ、品揃え・サービス・販売環境を再編して新しい需要に対応する、つまり「店づくりの転換」こそがきょうびの革新というわけです。

ということで、シュンペーターさん没後50年、「革新」はここまで来てしまいました。

(以下この記事は書き加えます)

投稿時間:2004/03/05(Fri) 17:56
投稿者名:takeo
タイトル:
これまでの革新とこれからの革新
> ということで、シュンペーターさん没後50年、「革新」はここまで来てしまいました。

え?、ここってどこ?という人のために。

もの不足〜差別化までの時代の「革新」はおしまい。
もの余り時代の「革新」は、顧客の「ライフスタイルの革新」に如何に対応するか、対応を考え・準備し・提供するか、ということに絞られます。もはや、何かを思いつけばOKということではありません。

何も思いつかなくてもよろしい、お客のラグジュアリィニーズに対応する商品を集荷し、提供する。これがわれわれ、とりわけアニマルスピリットむんむんの(W あなたの仕事です。

旧世紀の商品供給のマトリックスからじわりじわりとラグジュアリィマーケティングが立ち上がってきます。
なんですか、GDPがうんとアップした・とか、する・とかいうことですが、中小零細すなわち、国内消費財業界およびその顧客には全く関係の無いお話、ふふんだ、我々には自らの知恵と力をもってラグジュアリィマーケットを創出、勢いをつけて海外市場というか、世界中の人々にラグジュアリィライフスタイルを提案していく、という世界史的使命がある(W

ニッポン中小零細企業が生き延びる=社会・世界に貢献する新しい確かな道。もちろんアニマルスピリットに奮迅の活躍が期待される「けもの道」でもあります。


投稿時間:2004/02/22(Sun) 11:01
投稿者名:takeo
タイトル:
活性化から革新へ
都市経営上の課題、これまでは「活性化」という曖昧模糊としたコトバが用いられてきました。
何となくバラ色がイメージされるコトバですが、このコトバから「なすべきこと」が連想されるかといえば、これはなかなか難しい。

当社は「中心市街地の活性化」について定義しておりますが、この定義は、厳密に言えば「活性化の取り組みの目的」ですね。「活性化するとは街がどうなることを言うのか」。

問題は街が活性化するには何をしなければならないか?

中心市街地(の商業集積)の場合は、「ショッピングモールへの転換」ですね。
これを、一般化すると「革新」、すなわち今までの延長線上における・従来のFOR/パラダイム上のあるべき姿に向かう「改善」ではなく、新しい目的・目標が導く新しいポジションへの移動ということです。

今後、当サイトは、目指す方向として「活性化」ではなく「革新」を標榜したいと思います。

このことの利点:
「空店舗対策」は活性化の範疇的には「有り」かも知れませんが、「革新」という視点からは「無し」ですね。




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