投稿時間:2003/11/04(Tue) 10:33
タイトル:「の」と「への」の間
「の」は、ライフスタイル「の」提案
「への」は、ライフスタイル「への」提案
たった一字、「へ」が入るか入らないかの違いですが、ここには天と地ほどの(W
開きがある。
「ライススタイル」については、下記を参照。
http://quolaid.com/cgi/kforum/wforum.cgi?no=481&reno=480&oya=480&mode=
msgview&page=0
上記が属するツリー『客相とライフスタイル』は、このところ休止状態ですが、重要なテ−マですから、再開を催促してください。
ここが理解できていないと「ラグジュアリィ」は分かりませんからね。
では、本論。
「ライフスタイルへの提案」とは、ある「価値付けされた」生活場面(局面・分野)に対して、その価値付けに対応した商品群を提案すること、です。
ライフスタイル対応は、ある選択した生活局面について、人並み/ラグジュアリィという「二極分化」のどちらかを亜sらに選択した店づくりをする、ということになります。ディスカウントストア、コンビニエンスストアなども立派にライフスタイルに対応しています。
対応していないのは新/旧、自生/人工の商店街(W
ライフスタイル/ラグジュアリィがショッピングモールのターゲット。そこに立地する食器店が提供するのは、
「もっと和食を食べましょう」という提案ではなく、「一家そろっての食事」という時間を大事にする、というライフスタイルに対してその時間を演出する材料・サービス・ノウハウ
これがライフスタイル対応・かつ・ラグジュアリィ対応の食器店です。
「ライフスタイルセンター」という言い方も散見しますが、これは「ショッピングモール」よりも実態を反映しているかも。ただし、ダントツはやはり当社の「ラグジュアリィモール」です。
ちなみに自由が丘の商店街を「ライフスタイルセンター」近似、そこに立地するショップ群を「ライフスタイルショップ」と呼ぶ人もあるようですが、甘ちゃんですね〜(W
本物が見たかったら武雄市までいらっしゃい(W
投稿時間:2003/11/19(Wed) 16:20
タイトル:「生活局面」
私たちの1日24時間は様々な局面に区分することができます。
週、月、季節も同様です。
様々な局面を、@自分らしくこだわって作りあげたい・堪能したい、という性格の局面と、A人並みで結構・それほどこだわらなくも良い、という性格の局面とに区分します。これが「生活の二極分化」です。
きれいに二分することは出来ません。それでもたとえば一本の線の上に局面を位置づけるとすれば、もっともこだわりたい局面・分野からもっとも手間暇を掛けたくない局面まで、序列をつけることが出来ます。
こだわり局面ほど吟味しなければならず、時間もお金ももかかります。他方、どうでも良い、間に合わせで一向にかまわない、という方の端末は時間もお金も掛けたくない、ということになります。
どちらの生活についても材料が必要であり、材料のほとんどは「買い物」という形で入手するのが市場経済の常識です。
こだわりと人並み、だれもが両極端の買い物をする、というのが今日我が国の生活の一般的なパターンです。つまり、一人の人があるときはこだわって「金に糸目を付けずに」買い物をする、同じ人が違う買い物の場合にはひどく価格を気にしている・・・・。
業種・業態を問わず、「商圏内のこの業種についてはうちが独り占め」という戦略は難しい。やってやれないことはないかも知れませんが、効率がめちゃ悪くいずれは行き詰まることが懸念される。
小売業としては業種を問わず、どちらの生活局面に合わせた店づくりをするか、ということが大問題です。
つまり、ラグジュアリィかディスカウントか、という二者択一。
私は断固ラグジュアリィを選択せよ、他に道はない、と提案しているわけですが、「うちのまちでは人口が・・・」とかなんとか二の足を踏む人が多いようです。バカじゃないの(W
説明のため、簡単な例を考えてみましょう。
今、ある商圏においてその成員の生活局面がA・B・C・Dの4つに分けることが出来るとします。そうすると、あり得る生活局面の序列(生活編集)のあり方は、4×(4−1)=12通りになります。
つまり、その商圏に済んでいる人たちは、誰もが12通りの生活編集のどれかに所属していることになります。
あるお店が生活局面Aについて「こだわる=ラグジュアリィ」とする人たちをターゲットに店づくりを考えると、お店のお客は、A局面を
1位または2位においている人です。他の生活局面はとりあえず無関係、A局面を大事にしたい、という人達(客相)の「集合」がお店の「潜在顧客」になります。
つまり、他の生活局面に関係なく、局面Aを堪能したい、という人たちの目に見えない集合が出来ますが、この集合は「お店」という<場>があって初めて目に見える形で現れます。
<場>が提供されないと客相は現れない、ということですね。
新しい業態について考えるときの視点として使ってみると良く理解できると思います。
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