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K075■アップスケール

投稿時間:2003/10/29(Wed) 10:18
タイトル:
アップスケール
このところいろんな局面で使われることが多くなりました。

辞書では「社会的・経済的な上方移動」というように説明されていますが、マーケティング的にはちょっと違います。
これは米国のライフスタイルの多様化に関連しています。

投稿時間:2003/11/02(Sun) 10:11
タイトル:
ライフスタイルの多様化
アメリカという国は人種のるつぼなどといわれますが、ライフスタイルとしては、社会的な階層や民族などの影響が強く、どういう社会階層に所属しているかでその人のライフスタイルが概ね推測できる、ということでした。人種・民族・宗教・職業・居住地など個人の社会的位置が分かれば彼のライフスタイルが推測できたのです。

ライフスタイルは「生活様式」と訳されていますが、様々に区分することが出来る生涯・年代・季節、時間、社会的交流、個人の時間などの「過ごし方」です。

かっては社会的属性が共通する個々人は、全体としてのライフスタイルも概ね同じような内容だった、というのがアメリカのみならず欧米をはじめ世界中の傾向でした。今でも多くの地域で社会的位置とライフスタイルは密接に関連していますが、経済の発展と共に「先進諸国」ではこの関係が徐々に薄らいでいます。

このような傾向が崩れるのが「ライフスタイルの多様化」です。
つまり、社会的な位置関係をもって個々人が過ごす時間の内容を推し量ることが出来なくなった、ということですね。

マーケティング的にいうとアップスケールという言葉は「ライフスタイルの多様化」と密接に関連する、多様化を前提にしないと理解できない言葉です。


投稿時間:2003/11/11(Tue) 13:05
タイトル:
「人並み」からの離陸
> マーケティング的にいうとアップスケールという言葉は「ライフスタイルの多様化」と密接に関連する、多様化を前提にしないと理解できない言葉です。

ライフスタイルについては、開講(&休講)中のweb商人塾−「インディヴィジュアルマーケティング序論」に譲ります。

アップスケールは、上方移行(特に価格帯の)ではありません。
「自分らしい生活」へ、「人並み(品質と価格・流行などを基準にした)の生活」からの脱出を意味します。

専門店の分類を品揃えの価格帯を基準にする方法がありましたが、これははっきり間違い、「品質がよいから価格が高い」などというマーケティングは成り立たない時代です。同じく「裕福な人ほどアップスケール志向」と言うこともありません。

アップスケールは、「生活演出の基準」が「人並み」から離陸することだと考えると、誤解が生じにくいと思います。


投稿時間:2003/11/17(Mon) 09:42
タイトル:
上昇志向からの離脱
> アップスケールは、「生活演出の基準」が「人並み」から離陸することだと考えると、誤解が生じにくいと思います。

前にも紹介したと思いますが、私どもが実施した「○○市民の生活意識」では期待する将来の生活について、「人並みでよい」とする人が6割強を占めていました。さらに生活のあり方については「他人と違っていても気にならない」という人が同じく6割を超えていました。
これは何を意味するのか?

自分の生活のあり方を「他人」を基準に考える、というあり方から脱却した、ということではないでしょうか? (調査は脱却が進んでいる、という仮設を判定するために設計しました)

よく言われてきた、自分の生活を近づけたい「準拠グループ」(所得的に自分よりも上位のグループのことが多い)があり、その階層の生活を模倣して生活を「向上」させる、というあり方から、「自分にふさわしい」と考える生き方=ライフスタイルを模索・実現する、という方向に生活意識が変化していることを意味していると考えられます。

つまり、生活が所得という客観的な線形分布に基づいて序列されている=お金を持っている順に「自分らしい」生活が出来る(何のことはない、流動性が手放しやすい=商品・サービスがいろいろ入手できる、ということだったのですが)、という暗黙の前提から逸脱、生活は「面々の繰り合い(めんめんのくりあい=カラスの勝手)」である、ということが鮮明になってきたわけです。調査を実施したのは九州の「片田舎」(こういう言葉は死語ですね、通常なら「伝統的村社会」と呼ばれそうなたたずまいの町での話です。

ここに、需要と供給の現前する大きなギャップが生まれる素地があり、すなわち、事業機会が潜在しています。

ライフスタイルの変化とは、極論すれば「所得という基準で線形に分布していた生活」が、「個人の期待する生活」に変化しているということを意味しています。

見方によってはいかにもすばらしい、これこそ自分の個性を大事にする、理想的な生活のありようだ、ということかも知れませんが、
経済的に見ると必ずしも良いことばかりではありません。

投稿時間:2003/11/19(Wed) 11:39
タイトル:
坂の上の雲
「いつかはクラウンに乗りたい・・・」というコピーがありましたが、自分が所属したい、あのグループに所属したい、グループの一員と見られたい、ということから特定のグループのライフスタイルを模倣する、というのが「準拠集団」理論の仮説です。

つまり、「坂の上の雲(司馬遼太郎)」を見上げながら一心不乱に坂道を登ってきた、というのが高度成長〜バブル破裂までの我が国の趨勢だったと見ることができます。この過程でブランド志向やグルメ志向、「ゴージャス」体験を一通り終えたところで、買い控え不況。

「坂の上の雲」=「仰ぎ見る理想的な生活」が消滅したということは、国民的レベルで「坂道を登る意欲」、「雲」に変わる目標を自律的に設定しなければならなくなったわけです。これがないと糸の切れたたこになるか、学歴・収入などきわめて即物的・抽象的な目標に収れんしてしまうことになります。
それがいやなら徘徊するしか道がない、というのが新しい世代を取り巻く状況ですね。

という中で、坂を登っていた頃のことを考えてみれば、他律的ながら「あるべき自分の生活」を作るために努力していた訳でありまして、人が生きること=生活することであるからには、状況がどう変わろうとも生活設計は必要です。



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