投稿時間:2003/03/06(Thu) 11:34
投稿者名:takeo
タイトル:パラダイムの転換
パラダイムとは、「ものごとを認識する道具」、自分の内部に持っているある分野についての知識の体系のことです。詳しくは「吶喊」に譲りますが、30年ほど前にさる業界で一世を風靡したことばです。簡単に言えば「ものの見方・考え方」。
そういう時代がかった言葉をこの時期あらためて持ち出すのは、時代が大きな転換期にさしかかっていること、次の時代は、今我々が何をやるか、ということで相当決定することができる、と考えるからです。
我々は、パラダイムという枠組みを通して状況を認識します。例えば「商店街」をそれとして認識できるのは、我々が、商業、商品、商店・・、等々の知識をあらかじめ持っているからですね。
外界の情報をパラダイムを通して理解する、さらにその情報についての反応、行動もパラダイムのなかで考えられ、決定されます。
これは特別のことではなくて、我々全員が毎日の生活の中でいつも行っていることです。
転換期とは、環境が大きく変わる時代です。
この時期に、今まで常用してきたパラダイムは役に立たない、というよりもむしろ、これまでどおりのものの見方・考え方で転換期を乗り切っていこうとすると、これはとんでもない結果が待ちかまえています。身近では各地でくり返されている商店街活性化の取り組みがそのことを証明しています。活性化事業のほとんどがライバルである量販店が同一街区内にあったこ頃のノウハウ(=パラダイムに基づく手法)なのです。
商店街活性化をすすめるには理論の転換が必要だということは、パラダイムの転換、ものの見方・考え方を枠組みそのものから変えないといけないということです。
時間堪能、ラグジュアリィ、スローライフ・・・、実現すべき新しい社会の方向を示す言葉ですが、これらは、これまでのものの見方・考え方の延長上で実現できる、ことではありません。
新しいパラダイムが必要になっています。
たぶん、中心市街地活性化は、新しいパラダイムを模索しながら進められる仕事の最初の一つになることでしょう。そうしないと街の活性化は不可能だということは、当サイトにおいでの皆さんはとっくに理解されていることですね。
投稿時間:2003/03/07(Fri) 09:31
投稿者名:takeo
タイトル:ちなみに
全国的に衰退の一途をたどっている商店街を活性化する、という仕事は、従来の商業のパラダイムではなかなか実現が難しいと思います。活性化に取り組んでいく、仕事を決定するパラダイムがyくせいびされていないからです。これまでの商業のパラダイムは、「小売商業全体を説明できる理論体系」としてはあまりにも不十分です。
当たり前といえば当たり前ですが、商業者はそれぞれ自分がやりたい商売に関係があると思われる範囲しか情報を集めないでしょうし、その範囲でしか「理論化」しないことが多いでしょう。
例えば、スーパーマーケット(SM)などが作りあげた運営のノウハウなどが典型です。SMのノウハウを作ったのに、外野(例えばコンサルタント)がそれを小売業一般の原理原則と勘違いして他業界にまで広めた。これは今でも流通していますからね。
専門店が駄目な理由の一つは、SMの店舗理論を原理原則と誤解して自店に取り入れているからです。もちろんその背後には、原理原則と聞いただけで吟味もせずに受け入れてしまう思考の構造のありかたも大いに関係しています。
さて、本論に戻って。
これは商学系の皆さんの守備範囲だと思いますが、商業経営の一般理論=パラダイムの体系化はほとんど整備されていません。つまり、現在展開している商業をピンからキリまで説明できる理論、各業種に適用すれば業種の特性、他業種との関係などが理解できる、という理論が内のではないか、ということです。これは「商学」の分野の課題だと思います。
商業経営の場合、これまでの体系的なパラダイムというものは無かったと思います。関係者がそれぞれ、どこかで出合った質と量の知識で自分用の「商業を理解するパラダイム」を作っている、というのが現状ではないでしょうか。これではもちろんこれまでの商業全体の説明はとても出来ません。まして、これからどうなるのか、各業種立地はどう対応すべきか、ということを考えるベースになる理論はどこにもない、ということですね。
こういうレベルで「活性化」が考えられているわけですから、結果は推してしるべし、となるのも当然といえば当然です。
商業経営理論はこれまでパラダイムと言えるようなレベルでは存在しませんでした。これから商店街活性化に取り組む指導者は、指導に先立ってパラダイムを手にすることが必要です。郊外型の業種業態が隆盛を極めている、あるいは凋落の兆候が見えている、という環境において「こうすれば商店街は活性化出来る」と提唱するには、商業全般、過去と現在と将来が説明できる、ということがぜんていになりますからね。
個人個人はパラダイムの転換、学界はパラダイムの構築、ということが商業に関わる人たちが直面している理論的なレベルでの課題、もちろん真っ正面で取り組まなければならないのは職業的指導者=都市計画・商店街活性化などの専門家、コンサルタントの皆さんですね。
投稿時間:2003/03/07(Fri) 12:39
投稿者名:takeo
タイトル:そういえば
「基本計画」の作成を支援するプロといえば、当社のような専門業者を除けば都市計画関係のコンサルタントさんが多いようです。それと総研、シンクタンクといわれる業種ですね。
シンクタンクは別の機会に譲って今日は、都市計画関係のプロの皆さんの仕事ぶりについて。
設計・デザインの世界では「形態は機能に従う」ということがよく言われます。デザイン・設計に先行して何を実現しようとするのか、設計する対象に求められている機能をしっかり把握しなければならない、それをよりよく発揮させるための設計・デザインを実現せよということだと思うのですが、商店街活性化の場合、果たしてそういう姿勢で作業が行われているのでしょうか?
私は行われていないと思いますね。
というか、これまでに見た「基本計画」、「近代化計画」等々商店街を活性化するという目的で作られた計画で「実現を目指す機能」についてきちんと展開している計画というのはほとんどありませんでした。
いつも言うように、例えば「活性化」という言葉。
活性化のための計画というのは、この街を活性化するために取り組むべき仕事のメニューとスケジュ−ルのはずです。
計画の構造としては、最初に、街が活性化するとは街にこういう状態が生まれることである、という定義ががあり、その状態を生み出すために必要な施策として諸々のメニューが考案・展開されている、それらがスケジュール化されている、という構造になっていることが必要です。関係者は、目的の妥当性、施策の合目的性を確認して、これに自分の生涯のいくらかを賭けることになるわけです。
ところが現実の計画は、「活性化」の目的を商店街の特性を踏まえて具体的に掲げ、これを導きとして計画全体のメニューを合目的・的に作る、端的に言えば各種の施設を街の活性化という最終目的を基準に設計し、配置し、運営するという構造になっておりません。
「形態は機能に従う」ならば、施設は機能に従う、施策は目的に従うということが貫徹されなければならず、計画の1ページ目には活性化事業の目的と目標が体系的に掲げられるべきはずなのにどういう基準は全く掲げられていない。おかしなことです。
さらに、商業集積という優れて人的な能力が機能を大きく左右する施設について、人的資源の現状及び成功に向けてクリアすべき課題などについてはほとんど触れることなく、形態さえ改めれば全ては解決する、ということを前提にしたかのような計画が多い。
都市計画関係のパラダイムもきちんと整備されていないんじゃないの、という疑問が生じます。
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