投稿時間:2002/09/09(Mon) 15:02
投稿者名:takeo
タイトル:☆第三章 失敗情報の伝わり方・伝え方
この章での著者の問題意識は次の通りです。
>ある失敗を次の失敗の防止や成功の種に結びつけるには、失敗が起こるに至った原因や経過などを正しく分析したうえで知識化して、誰もが使える知識として第三者に情報伝達することが重要なポイントになります。他人の失敗のみならず、自分の失敗体験から何かを学ぶときにもそのまま言えることで、失敗情報を知識化することは、いわば、「失敗学」の大きな柱のひとつです。 ところが困ったことに、失敗情報には知識化を拒否する様々な性格があります。使える知識に変換できなければ、その失敗を次の失敗の防止に役立てることも、進歩の糧として活用することもできません。そうしないために、失敗情報の持ついくつかの困った性質と、失敗情報を役に立つ情報としてきちんと伝達する方法を説明したいと思います。
これまでにも確認してきたように、自他の失敗に学ぶためには、それらの失敗の原因が正しく把握されていることが前提になります。この章では原因を正しく把握することを「知識化する」と表現されています。失敗の知識化にはそれを阻む要因があり、それらに対処して知識化をすすめ、きちんと伝達するための方法を考えるのがこの章での仕事です。
著者も述べているように、伝達する相手は他人とは限りません。知識化するのもそれを使うのも同じ人間、ということもあり得ます。ある問題への取り組みにあたって過去の事例を調査する、などというのもこの作業の一種と考えることが出来ます。
投稿時間:2002/09/10(Tue) 18:46
投稿者名:夢之助
タイトル:「知識化する」で混乱した事
> これまでにも確認してきたように、自他の失敗に学ぶためには、それらの失敗の原因が正しく把握されていることが前提になります。この章では原因を正しく把握することを「知識化する」と表現されています。失敗の知識化にはそれを阻む要因があり、それらに対処して知識化をすすめ、きちんと伝達するための方法を考えるのがこの章での仕事です。
> 著者も述べているように、伝達する相手は他人とは限りません。知識化するのもそれを使うのも同じ人間、ということもあり得ます。ある問題への取り組みにあたって過去の事例を調査する、などというのもこの作業の一種と考えることが出来ます。
スタイルは自由という事で、自分なりの第3章の概略解説を書いております。引っかかってしまったのは、「知識化する」のところです。
上の引用で指摘されているように、「過去の事例を調査する」ということ、言い換えて「(必ず)調査させる」ということ、また、その方法が、この章では書かれていません。ですから、、「知識化する」を知識化された文章と
調査させる方法とを混合して読んでしまい混乱してしまいました。
伝達されるは、知識化された(失敗)情報を事業の前に「(必ず)調査させる」ことであって、それが重要であると思いますが、そのことの記述が、この章では抜けているように考えます。後の章にデーターの活用法は述べられているようですが、この章でも少し欲しかったところです。
投稿時間:2002/09/10(Tue) 20:03
投稿者名:夢之助
タイトル:第三章 概要と少しのコメント
第3章 失敗情報の伝わり方・伝え方
失敗の原因・経過を正しく分析し、それを知識化する事によって、汎用的に
利用(防止・成功へ)出来るものとする。具体的例を上げて、その方法が
述べられています。
まず、失敗情報の性質をいくつかに分けて分析されています。
これは、人間の心理を述べたものと言えますので、失敗情報に限らず、
汎用に参照できる性質かと思います。
●伝わり難く、時間の経過で減衰(←忘れるということ)
“天災は忘れた頃にやって来る”人間には長期記憶という能力を備えて
いるけれども、連想されなければ、記憶の奥に格納ったままとなる。
●隠れたがる
人間は都合の悪い事には頬っ被りする。失敗を直視して、そこから学ぶと
いう姿勢が大事なのだが。
●単純化したがる
情報は、ある意味、整理(単純化)しなければ、冗長となり伝え難く受け
取りにくいものです。しかし、経過を省略しすぎると、正確な失敗情報が
伝わらない。ことわざ?に“風が吹けば桶屋が儲かる”なんて単純化情報
がありますね。
●変りたがる
人間の自己擁護、利害によって、情報の遮断・すり替え・歪曲がおこる。
経過を基点として再構築すると本当の姿が見えてくると書いてありますが
これは、時間軸上で、時間を区切って検討すれば、遮断・すり替え・歪曲
などを発見・排除して、本当の姿(情報)が見えてくるという事だろうか
と思います。
●神話化しやすい
戦艦大和を例にして説明されていますが、一寸分かり難い感じがします。
「大和」の悲劇的最後が際立ち、航空機主体の時代認識が持てなかった
という失敗原因を伝え難くするという事でしょうか。これには少し異論も
ありますが、さておき、松下幸之助氏(松下電器創業者)の例が適当かも
「経営の神様」と称され、まさしく神話化されております。しかし、彼に も失敗が多くあったわけですが、失敗例は伝わっておりません。
この項は「神話化されると伝わらない」とした方が適当かとも思います。
●ローカル化しやすい
失敗情報は、あるセクションに留まり、共有化出来難い(上下にも横にも)
これは、第二章のまとめ風でも書きましたが、人間の自己擁護(部署、組
織も同)という心理構造によるものと言えます。
次に、情報の伝達についてです。情報を汎用的に利用(防止・成功へ)出来るものするには、当然、知らしめる必要があります。
その為には、どのような情報でなくてはならないか順に述べられています。
●客観的(失敗)情報は役に立たない
第三者による失敗原因の追求は、責任の所在と言う面では有効であるが、
それを活用すると言う面では不十分である。客観的過ぎると無機的な情報
となり、自分の立場に置き換えるという事(情報を受け活用する)が出来
難くなってしまう。
●知識化しなければ伝わらない
失敗は記述・記録されてもロッカーにしまわれ活用されない事が多い。
将来、利用できる情報として整理する事、伝達を確実にする為のシステム
化された形の失敗情報とする事でしょうか。次の「六項目による記述」に
も関連しますが、知識化の記述の仕方が例を上げて書かれています。
●六項目による記述
失敗体験の記述には必須項目があること。これを欠かすと情報が正確に伝
わらない。6つの項目が記述すべき順番として書かれています。
「事象」→「経過」→「原因」→「対処」→「総括」⇒「知識化」
総括までが一般的な記述というものであり、いわばアナログ的記述、
知識化はデジタル的記述(応用できる情報)とも言い換えられます。
この6つの項目の記述方式は、営業日誌の記録等にも応用できるようで す。昨年はどうだったか、必ず参照します。その時の情報が正確に1年後 に、また、数年後に伝わるように書かれているかです。意外と、毎年々同 じ失敗を繰り返しているのかも知れません。
●当事者が記述できないとき
記述(聞き取り)の専門スタッフの活用という方法もある。
利害から開放された先達からの情報収集・知識化
傍目八目、セクション主義の弊害・自己擁護の排除が出来、正確な失敗情 報を確保出来るということでしょうか。
第3章の最後に「決して批判するな」という項目があります。失敗情報を
正確に集め、知識化するにあたってのコツ、注意事項です。
以上が第3章の概要解説です。
第三章の要点は、情報の性質に鑑み、「知識化」という作業を加え、情報を
汎用化させる事、情報の収集にあたっては「決して批判するな」として情報の歪み(人間の自己擁護構造によるもの)を排除すること、であろうかと。
あとがき
肝心の「知識化」のところで、具体的にはどうするのか?との戸惑いあり。
「知識化」とは、の失敗情報のシステム的な(汎用的な)記述方法(形式)
なのか、システムそのもの(マニュアル的に必ず読むような仕組み)を言わ
れているのか、少し分かり難く読み取れません。
投稿時間:2002/09/13(Fri) 00:27
投稿者名:takeo
タイトル:知識化とは
> 肝心の「知識化」のところで、具体的にはどうするのか?との戸惑いあり。
> 「知識化」とは、の失敗情報のシステム的な(汎用的な)記述方法(形式)
> なのか、システムそのもの(マニュアル的に必ず読むような仕組み)を言わ
> れているのか、少し分かり難く読み取れません。
要約ありがとうございました。
問題の「知識化」は、通常、「一般化」と呼ばれる作業のことでしょう。
ちなみにここで言う「一般」とは、あるグループに所属するものに共通するという意味ですね。言うまでもなく。「一般論」と言えば、個別・具体的なある事柄だけに該当する主張ではなく、その個別・具体的な事柄と同じグループに属する個別全てに該当する主張になります。
したがって、失敗の知識化=一般化とは、@個別具体的な失敗を A同じような作業・職務・組織などの教訓になるように B抽象化した情報 というように考えれば分かりやすいと思います。
どのようなレベルで抽象化をするによってで知識の有効範囲がきまりますが、あまり抽象化してしまうと実際の問題解決の現場での「迫力」に欠けてしまいますね。
著者が例に挙げている実験の例で考えてみましょう。
著者が試みているこの失敗例についての「知識化」は108ページに書いてあります(以下Aという)。
この知識をさらに多くの状況での失敗防止に役立つ知識にしようと思えば、例えば、「計画立案にあたっては、状況の推移を予測し、それぞれのステップのダイナミズムを考え、それらを踏まえることが必要である。」というようにいすることが出来ます(以下Bという)。さらに抽象化すれば、「計画は計画を進めていく過程で起きる可能性のある状況への対処を計画しておくべきである」(以下Cという)となります。
一般化=該当する対象を広げれば広げるほど内容から(見かけの)具体性が少なくなっていきます。私たちの課題は、誰もが持っている「C」という知識−この場合、常識みたいなものかも知れませんが−を具体的な実験の計画を作成するという場面で、「B」というプロセスを経て(あるいは直接)、具体的な実験への対応に必要な知識=「A」という知識を創り出す能力を持つことです。ものごとを計画するにあたっては、あらかじめ持っている「失敗に関する知識」を活用しながら計画を立てていく、ということで失敗の可能性を減らす=成功に近づくことを目指すことになります。
このように考えますと、この場合の「知識化」は「失敗事例の汎用化」を目指すものであり、いわゆる「一般化」ということになります。
この「一般化」にも様々な「レベル」がありまして、一般化にに際しては適切なレベルを選択することが肝要です。
「一般化」についてはまたあらためて書いてみたいと思います。
投稿時間:2002/09/16(Mon) 11:17
投稿者名:takeo
タイトル:知識化とは理論化である
私たちが「知識化」しなければならないのは失敗だけではありません。私たちは通常、あるできごとに遭遇したら、自分が知識とaして持っている過去の体験や自他の見聞などと比較して「どのパターンの出来事か」ということを確認し、その出来事が所属する(と思われる)パターンの過去の処理法に基づいて処理する、という生き方をしています。
(ここでいうパターンとは、「一定の範囲や時間のなかで繰り返し起こること」と言うような意味で用います)
これは当然のことで、身の回りに「世界初」というような事件はそうそう起こらないでしょうし、なにか事が起こるたびに一々まるで始めて体験することであるかのように対処していたのでは時間が行くあっても足りません。
社会は、ものごとを「パターン」化することで成り立ち、動いています。
一般化はこの「パターン化」とよく似た機能です。
生物は快を求め不快を避ける性行を持っています。快、不快とも突然現れるのではなく、「予兆」がああり、さらに遡れば「原因」や「経過」があります。これらをパターン化することで「快を増やし、不快を減らす」というのが生物の生き方です。このようなパターン化のうち、人間だけしか出来ないのが「知識化」ですね。
「知識化」とは、@対象を記述する A対象の記述から対象の一段上のレベルに該当する部分を抽出し、記述する BAの作業を必要に応じてさらに上昇させる、という作業のことです。つまり、「理論」を作る、理論化のことなんですね。通常、「知識」とは人間の持っている情報のうち、言語を用いて他人に伝えられるものをいいます。そういう意味では@により体験を記述した記録も「知識」になります。
この本で「知識化」と言われていることは、むしろ「理論化」と考えた方がよいかも知れませんね。もちろん、「理論」も知識の一種です。
それでは例を挙げて考えてみましょう。「小売業」を例にしてみます。
婦人服店Aがあるとします。
例えばAを経営診断したとします。Aについての記述=知識が出来上がります。次にBを診断してBの記述を作ります。このような作業を経て、婦人服店に共通する特徴を抽出して記述すると「婦人服店」の記述が出来上がります。婦人服店の記述はどの婦人服店にも当てはまる知識によって作られていますが、具体的に存在するどの婦人服店の記述とも同じではありません。
次に、例えば紳士服店について理論化します。さらに八百屋、薬店、書店・・・。このようにして各種の小売店の理論が出来上がると、そこから今度は小売店に共通する特徴を抽出して「小売店」を理論化することが出来ます。「小売店の一般理論」ですね。
実際の小売店に関する理論がこのようにして出来上がったわけではありませんが、実在する対象とそれの記述(私の言う知識化)と理論化(この本では知識化)の関係を理解するために、書いてみました。対象と知識化と理論家の関係が理解されたことと思います。
本書の「知識化」ここでは「理論化」という言葉に置き換えられていますから注意してください。
時代が大きく転換するときには、過去のデータ・知識をもとに作られた理論では説明できない事がたくさん起こります。理論に当てはまらない事例が増えてくるわけです。このとき、「あれは例外」とか「理論を知らない素人の火遊び」と評価して昨日と同じことを繰り返すのか、「時代が変わりつつある、これまでの理論で動いては対応できなくなる」と判断するかで対応と将来は大きく変わっていくことになります。
失敗には、仕事に利用した理論が間違っていた、「理論採用の失敗」と言うこともあるということです。
「失敗」は知識や理論及びそれに対する人間の意味づけなどに大きく関わります。このあたりのこともおいおい述べて行きたいと思います。
なお、説明不十分でわかりにくいところなどはどしどし質問してください。幅と奥行きを拡大・深化して説明しますので、参加されている皆さん全員に役立つと思います。
さらに、
らず私たちが自分や他人の直接の経験をこれから先の「糧」として用いる、したがって処理する、と言うことが多いすなわち私たちの「生き方」自体に深く関係することで
投稿時間:2002/09/16(Mon) 13:56
投稿者名:takeo
タイトル:失敗を活用するための準備
「失敗学」は失敗を活用することで同じような失敗を避ける=成功の可能性を高めることが目的です。したがって、失敗の教訓は、同じような失敗が起きそうなところ、起きそうな時期に、その当事者に参照され活用されることが大切です。「伝達」ということですね。
私たちが失敗を後で誰かに伝える場合、通常「言語表現」という形を採ります。「記述」です。
失敗が起きたことの記述にも種類があり、失敗が起きている状態の記述、失敗がもたらした結果の記述などが考えられますが、ここでは、次の1.のような性格を備えたものを言います。
1.失敗の起こるに至った脈絡、経過を記述する。
「事象」、「経過」、「原因」、「対処」、「総括」などの項目にわけ て記述するとよい。
つまり、単に失敗の現状や眼に見える結果について描写したものではなく、事故が起きた背景や間接・直接の原因、経過やそれぞれの段階での対応反省事項などを網羅していることが求められます。
詳しくは「六項目による記述」を読んでください。
伝達のためには失敗は記録されることが必要です。
2.記録する。
参照を目的に記録・保管する。
記録の読みやすさ、正確さなど
3.「知識化」する。
「一般論」のレスで話した作業です。
4.伝達する。
記録の保管場所を公表する
「理論」を普及する。
などの作業があって失敗が「教訓」、「参照事例」として活用される準備が終わることになります。
投稿時間:2002/09/22(Sun) 11:40
投稿者名:takeo
タイトル:伝えられる側の課題
ちょっとそれるかも知れませんが。
失敗が知識化されて提供されている「情報」を受け取る側について考えてみましょう。
彼は何らかの仕事に直面しており、その仕事を失敗させないために過去の知識化された情報を参照します。
このとき必要なことは、
1.どのような「知識化された失敗」が自分の問題に役に立つ情報か?
という基準を作ること
2.「知識化されている失敗情報」はどうしたら具体的な問題解決に役立つか?
という方法を身につけていることです。
1.について
失敗情報が一般化されているということは、具体的な現場の姿が見えないレベルで記述されている、ということ。問題に適した情報であるか否かを判断するためには、直面している問題を一般的なレベルまで抽象化して(情報のレベルに合わせて)情報と対比させるか、あるいは逆に情報を問題レベルに具体化してみるか、どちらかの方法で「問題に適した情報である」ことを確認することが必要です。
2.について。
こちらでは、 抽象化されている情報を具体的なレベルにどんどん「ブレイクダウン」することが必要です。情報の記述と問題の記述を合致させる、と言うことです。例えば、「品揃えは広げない」という情報は、具体的な自店の品揃えをどのレベルで枠組みを考えるか、という問題についての情報ですが、この情報は、実際の品揃えっを改革して行くプロセスで(言葉に置き換えられるかどうかは別として)、様々のレベルの記述に置き換えられます。品揃え−部門構成−ライン構成−アイテムシートという計画の各段階で「品揃えは広げない」という情報が利用されます。
情報を活用するということは、「抽象化−具体化」という作業を繰り返しながら現実に使えるレベルに変換していく、というプロセスを通ることになります。
このプロセスで必要なことは「想像力」を活用することです。
新しい時代、新しい能力が必要だとよく言われますが、お店に行って買ってくるわけにも行きません。「情報を的確に操作する能力」が求められており、これまでの推理パターンにとらわれない、新しい「想像力の使いかた」が必要になっていると思います。
この時期、従来の情報活用のパターンを無自覚に使用していると、間違った情報の用い方になりかねない、というのが転換期の問題です。
投稿時間:2002/09/26(Thu) 12:21
投稿者名:takeo
タイトル:伝えられる側の能力
「一般化された失敗情報」=知識化された情報を活用するためには、「想像力」が必要なことはもちろんですが、想像力を働かせるフィールド作りも大切です。
自分の専門分野、習熟している領域で失敗体験」を知識化してみる、あるいは他の人が知識化した情報を追体験してみる、という作業を何回か試みると、双方向の能力が身につくのではないかと思います。
私は@経験を一般化する=上昇プロセス、A一般的な知識から具体的な状況を想像する=下降プロセス と呼んでいますが、問題解決の各プロセスでは不可欠の能力です。
ちなみに法学部出身者が重宝されるのは、一般的知識の個別事例への適用というプロセスについてしっかり訓練されていると期待されているからですね。
投稿時間:2002/09/26(Thu) 12:27
投稿者名:takeo
タイトル:第四章 全体を理解する
どうも皆さん、リードーオンリーという方が多いようですね。
せっかくですから最後まで続けたいと思います。
が、この章はちょっと後回しにします。
どなたかコメントがあればよろしくどうぞ。
第五章は得意分野なのでちょっとスタンスを変えて著者とバトルを
試みましょう。
なお、第五章からスレッドを改めます。
投稿時間:2002/09/28(Sat) 13:03
投稿者名:夢之助
タイトル:閑古鳥よりはマシかと
> どうも皆さん、リードーオンリーという方が多いようですね。
あるメルマガに「暗黙知」⇔「形式知」という事が述べられておりました。
この輪講で学んでいる事に、通じるものがあると思えますので、以下、引用してみようと思います。
「ナレッジ・マネージメント」
個人の知識や技能を組織や仲間が共有し活用し効果を上げる事
ナレッジ・マネージメントに到るに、「暗黙知」⇔「形式知」が考察されています。
「暗黙知」
明確に言葉で表現・説明はできないが科学的創造性を支えている知識
「形式知」
暗黙知の反対、言葉やデーターとして表示しやすい、マニュアル化しや すい知識
「暗黙知」を「形式知」に転換すると、受け取る側の素質によって理解の仕方が変わり、マニュアル化すなわち標準化が出来難いということがある。
有効に形式知に転換するにはどうしたら良いのか?
また、マニュアル化できない部分の「暗黙知」、それを如何に標準化した形で伝えるにはどうしたら良いのかをよく考える必要がある。
ポイントは「手順」ではなかろうか?
というような事が書かれていました。
その手順を「失敗学」で学んでいるわけです。
いわゆる職人は、体で覚えた事(知識)は暗黙知として貯えている。こうすればこの結果という事が分かっている。なぜ、そうなるのかが理論で、理論を加味すれば鬼に金棒である。
机上では万全の積りの設計でも、現場では多少の狂いを生ずる事は多い。その修正は現場監督のノウハウ(暗黙知)によってなされる。
第4章では予期せぬ事態への対応として仮想失敗体験が述べられています。
対応はケースバイケースでしょうけど、仮想失敗学習は、ノウハウとして、脳の直感的な危機回避回路の作動を可能とするものかも知れません。まあ、羹に懲りてなますを吹くなんてことわざもありますが、失敗を避けようとする意識を醸し出すのは間違いないようです。
投稿時間:2002/09/29(Sun) 17:16
投稿者名:夢之助
タイトル:第5章感想
第5章・・う〜ん、今までと打って変わった章で、サッパリ分かりません。読み流し概略理解が出来難い章です。学校での講義みたいでお手上げ。著者は、脳の思考の順序について仮説を持っていらっしゃる。その仮説の説明があるんですが、脳の認知等は学問的にも殆ど分かっていない状態、研究してます位が関の山でしょう。そのハッキリ分かっていない脳の思考仮説だけに、説明が言葉でスラスラと書かれていない。じっくりメモ取りながら読まないとサッパリ分からないと言う事でしょうか。脳の話は自分のカキコにもチョコチョコ利用しているので、少しは感想なりを書いておかなければならないでしょう(笑)
仮説立証において始点と終点を連鎖し、仮想演習によってその連鎖を検討し、想定される問題点を排除すると言う事が述べられています。始点と終点の連鎖については、脈絡を付けるという点で、
K・J法 http://nokai.ab-garden.ehdo.go.jp/giho/43.html に似てるようにも思いましたが。
仮想演習のくだりでは、その重要性が強調され、「仮想演習は数を重ねることによって、始点〜終点の連鎖が点検され、修正される」と書かれています。
ハッキリ読み取れないんですが、それが仮説に基づく脳の思考回路での話なら、私は連想と対立という二つの言葉を念頭において、読みます。脳には、たくさんのアイデアファイル(記憶)があって、脳は、普段は連想的思考でファイルをリンク(連鎖)させていると考えます。
連想はランダムに絡み合いながらなされますので、当然、想起された連鎖は多数となります。始点〜終点の連鎖(多数)もあれば、途中までの連鎖もあるし、連鎖しないものもあるでしょう。また、毛並みはいいけど連鎖に生えた無駄毛もあります。数を重ね修正とは、その取捨選択となります。
一方、対立的思考は、今のところ連鎖していないが、例外というファイルに格納されている。例外のファイルが増大すると、連鎖のスイッチが自動的に切り替わり、新規に連鎖が創造されていく。
まあ、こんな風に考え方を持っていて、比較しながら読んでいるんですが、なあ〜んか反ってややこしく、こんがらがって分かんなくなってます。脳に、こだわり過ぎて要点が分からなくなってしまっています(鬱
しかし、著者も脳の思考仮説にこだわり過ぎて、その気負いが話をややこしくしているようなキライも感ぜられます。ツリー構造でも十分模すことが出来るようにも思えます。
トマトでもスイカでもよい、実は多数で枝葉は連鎖してます。あとは剪定の話を加えれば。
「閑古鳥よりはマシかと」その2になってしまいました。お許しを。
投稿時間:2002/10/01(Tue) 12:01
投稿者名:takeo
タイトル:Re: 閑古鳥よりはマシかと
どうも私のようなツリー大好き人間には、だんだん理解しがたい展開に
なってきました。
> あるメルマガに「暗黙知」⇔「形式知」という事が述べられておりました。
> この輪講で学んでいる事に、通じるものがあると思えますので、以下、引用してみようと思います。
> 「ナレッジ・マネージメント」
> 個人の知識や技能を組織や仲間が共有し活用し効果を上げる事
> ナレッジ・マネージメントに到るに、「暗黙知」⇔「形式知」が考察されています。
> 「暗黙知」
> 明確に言葉で表現・説明はできないが科学的創造性を支えている知識
> 「形式知」
> 暗黙知の反対、言葉やデーターとして表示しやすい、マニュアル化しや すい知識
>
> 「暗黙知」を「形式知」に転換すると、受け取る側の素質によって理解の仕方が変わり、マニュアル化すなわち標準化が出来難いということがある。
> 有効に形式知に転換するにはどうしたら良いのか?
> また、マニュアル化できない部分の「暗黙知」、それを如何に標準化した形で伝えるにはどうしたら良いのかをよく考える必要がある。
> ポイントは「手順」ではなかろうか?
>
> というような事が書かれていました。
> その手順を「失敗学」で学んでいるわけです。
我々は「失敗に学ぶ」わけですが、それも「知識化された失敗」から
効果・効率的に学ぶ方法を修得すると大変都合がよい。
そのためには、どこかで実際の失敗体験とそれが知識化された体系とを
直接比較してみて、知識化とはどういうことなのか、しっかり理解して
おくことが大切だと思います。
> いわゆる職人は、体で覚えた事(知識)は暗黙知として貯えている。こうすればこの結果という事が分かっている。なぜ、そうなるのかが理論で、理論を加味すれば鬼に金棒である。
> 机上では万全の積りの設計でも、現場では多少の狂いを生ずる事は多い。その修正は現場監督のノウハウ(暗黙知)によってなされる。
> 第4章では予期せぬ事態への対応として仮想失敗体験が述べられています。
> 対応はケースバイケースでしょうけど、仮想失敗学習は、ノウハウとして、脳の直感的な危機回避回路の作動を可能とするものかも知れません。まあ、羹に懲りてなますを吹くなんてことわざもありますが、失敗を避けようとする意識を醸し出すのは間違いないようです。
そういうことでしょうね。蓄積することで短絡思考(悪い意味ではなく)が可能になる。
私などは、「知識化された失敗」と現場の状況をつきあわせることで、
知識化にはどのような整理=具体的な情報の切り捨て−が行われている
かを体験する。この体験をプロタイプに経験を蓄積すれば、問題解決、
計画策定−実施など創造的な仕事に役立つアタマが出来上がりそう、と
思いました。
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