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K021■輪講・[失敗学のすすめ]−1

投稿時間:2002/08/10(Sat) 15:45
投稿者名:takeo
タイトル:
輪講・[失敗学のすすめ]

 昔は「○○に成功する法」などというタイトルの本がたくさんありました。読んでみると何のことはない「そんなことは失敗した人だってちゃんとやってたはずだ」と言うことばかり書いてあって興ざめしたものです。また、成功した人の講演というのもいろいろありまして、これまた「そんなこと誰でもやってるよ」という内容が多く、どうも成功者は、「自分が何故成功できたか、理解していないんだなぁ」と思ったりしました。そのうち成功者としてマスコミで持ち上げられていた人が失敗を演じて退場したりするのを見聞しますと、感想はますます強くなったものです。

 囲碁の世界では「勝ちに不思議有り」という言葉があるそうで、相手が失敗すればこちらに勝ちが転がり込む、慢心を戒める言葉でしょうが、もちろん裏を返せば「負けに不思議無し」、負けたときにはその理由は必ずこちらにある。
 一極の勝敗、相手の失敗で勝った棋士と失敗して負けた側とを比較すると、これはもう負けた方が格段に今後の糧になっているはず、ということになります。

 試行錯誤、トライアルアンドエラーという言葉があります。
試行する、失敗する、失敗を研究してさらに試行する・・・・、と言うことの繰り返しで未知の物事を達成していこうという方法です。失敗の可能性を常に計算に入れておき、失敗をステップに次の段階に進んでいこう、というアプローチです。ご承知のとおり。出来るだけ早く間違えば、その分早く成功に近づける、という逆説的な着想になります。
そうすると自分の間違いヲ以下に早く発見するか、工夫することことが大切になますね。

 失敗に学ぶ、失敗を成功のカテにする、という着想は、「計画」ということと切り離せないものです。そういう方法自体が「計画」することから生まれてきたと言っても良いでしょう。人間の歴史始まっていらの計画である、土木、工学と言った領域が「計画」についての蓄積が豊かなことは当たり前かも知れません。

 そういう意味で今回の本の著者が工学部の先生である、と言うことは納得させられるところであり、工学という優れて「勝てば官軍」的な傾向がありそうな分野で失敗がどのように検討されるのか、大いに期待しています。
 輪読を通じて、「コロンブスの卵」や「眼から鱗」をいろいろ体験し、学んでいきたいと思います。また参加全員の力でなにがしかの新しい知見が作られればこれはまた一段の儲けもの、是非そこまで行きたいものです。

 参加の皆さんよろしくおつきあいください。、

投稿時間:2002/08/11(Sun) 01:16
投稿者名:takeo
タイトル:
☆ プロローグ
「プロローグ 失敗に学ぶ」

ここでは「失敗に学ぶ」ということの大切さが説明されています。
やさしく書かれているので特に問題はないでしょう。

私が興味を持ったのは、「影の世界の情報伝達」という言葉。つまり「失敗談」の伝達と言うことです。
 著者の畑村さんも言っているように、類似の失敗事例の情報を持っていると言うことは、大変な力であることは間違いありません。
ところがこれを入手することがなかなか難しい。一つにはなんと言っても失敗談ですから当事者が率先して出すのをはばかる、と言うことがあります。自分の失敗を公言したくないというのは人情でしょう。それとにもう一つ、失敗情報の重要性と言うことが意外と気付かれていないのではないか、と言うことも有りそうです。

 当社の専門分野である商店街活性化など、そのよい例です。託児所・託老所開設、チャレンジショップ、エコステーション等々、企画は毎年出てきますがいずれもことごとく、商店街活性化の木部テトしては連戦連敗という有様です。全国の商店街に失敗の見本が山ほどあるわけですが、どういう訳か教訓として活かされることはまずありません。

 その結果、先に取り組んだまちでは、「やってみたが街の活性化の役には立たなかった」、「そういう意味では失敗だった」という事業が、次から次ぎによそのまちで取り組む、という事例が余りにも多い。このあたり、著者が言うように、「影の世界の情報伝達」「失敗情報の伝達」と言うことが全く抜け落ちているために、どれだけの時間と経費が無駄に使われていることか。

 ここでは、「失敗事例の管理」、失敗に関する情報の共有という課題がある、と言うことに留意したいと思います。商店街活性化関係ではこのあたり、行政や指導団体の担当者にはよく提案するのですが、なかなかデータ化されません。
 全国の失敗事例を集めれば、どんなに役に立つことか。

 失敗を成功に活かすためには、小さくこまめに失敗する、早く失敗する、失敗を尊重する、などの態度が必要です。このあたり、誰もがよく理解しているところですからプロローグは軽く、このあたりで。
 コメントよろしくお願いします。

第一章は引き続き私が担当します。第2章はどなたか名乗りを上げてください。

投稿時間:2002/08/29(Thu) 10:32
投稿者名:takeo
タイトル:
この本の全体構成
 一応、ここに「目次」を載せておきます。
「失敗学」についての著者の執筆時点での「頭のなか」をみるためです。
後、利用法としては、ダウンロードして各項目ごとに数行ずつコメントを記入する、の活用してください。だんだん「失敗学のすすめ」樹木構造が出来上がるかな?


       『失敗学のすすめ』の全体構成

プロローグ 失敗に学ぶ

 ◇失敗は成功の母
 ◇陰の世界の情報伝達
 ◇なぜ致命的な失敗が続くのか
 ◇失敗のプラス面に目を向けよう


第一章 失敗とは何か

 ◇「人間が関わっている」「望ましくない結果」、それが失敗
 ◇「失敗学」が生まれた理由
 ◇なぜ失敗に学ぶ必要があるのか
 ◇社会を発展させた三大事故
 ◇青函トンネルに生かされている失敗の英知
 ◇「失敗学」に基づく東大機械科の学習法
 ◇サポートは大変でも失敗学習は意義がある
 ◇記憶に残る失敗談が学生の成長を促す


第二章 失敗の種類と特徴
 ◇失敗には階層性がある
 ◇よい失敗、悪い失敗
 ◇失敗原因を分析する
 ◇大失敗を誘発する樹木構造
 ◇途中変更が諸悪の根元
 ◇樹木構造の弱点を補うには
 ◇失敗は成長する
 ◇失敗は予測できる


第三章 失敗情報の伝わり方・伝え方

 ◇失敗情報は伝わりにくく、時間が経つと減衰する 
 ◇失敗情報は隠れたがる
 ◇失敗情報は単純化したがる
 ◇失敗原因は変わりたがる
 ◇失敗は神話化しやすい
 ◇失敗情報はローカル化しやすい
 ◇客観的失敗情報は役に立たない
 ◇失敗は知識化しなければ伝わらない
 ◇六項目による記述
 ◇当事者が記述できないときはどうするか
 ◇決して批判するな


第四章 全体を理解する

 ◇解を求める学習で得た知識と体感学習で得た知識は違う
 ◇日立での貴重な2年間
 ◇空母鳳はなぜ爆発したか
 ◇仮想失敗体験
 ◇全体を理解することの大切さ
 ◇「偽ベテラン」と「本当のベテラン」の違い
 ◇真の理解への理想的プロセス


第五章 失敗こそが創造を生む

 ◇論理的思考のウソ
 ◇思考平面上にアイデアの種が落ちてくる
 ◇大切なのは「仮想演習」すること
 ◇アイデアの種は大胆に切り捨てる
 ◇口に出さない常識がある
 ◇思いつきノートを付けよう
 ◇表プランと裏プラン
 ◇考えの全体構成をみよう
 ◇どんな創造も仮想演習から生まれる


第六章 失敗を立体的にとらえる

 ◇「潜在失敗」を含み損としてとらえる・・・経済と失敗
 ◇「訓練失敗」を組み入れる・・・人の心理と失敗
 ◇懲罰的賠償制度と司法取引・・・法律と失敗


第七章 致命的な失敗をなくす

 ◇技術の成熟と利益追求
 ◇すべての組織が陥る病(図7)
 ◇「まさかこんなことが起きるとは思わなかった」のウソ
 ◇局所最適と全体最悪
 ◇「今あるものを絶対に変えない、いじらない」
 ◇TQCの落とし穴
 ◇ISOも危ないぞ
 ◇ダメ上司には気をつけろ
 ◇ムダな会議が多すぎる
 ◇リーダーにより失敗は三倍違う


第八章 失敗を生かすシステムづくり

 ◇一万個の失敗情報を集めても意味はない
 ◇必要な失敗情報は最大三百個
 ◇知識と経験を与える場づくり
 ◇失敗を生かすと得になる仕組み
 ◇失敗博物館


エピローグ 失敗を肯定しよう
 ◇日本企業のかかえる病根
 ◇マネ文化の限界
 ◇そして失敗は続く


あとがき

投稿時間:2002/08/11(Sun) 20:04
投稿者名:takeo
タイトル:
☆ 第一章 失敗とは何か
第一章 失敗とは何か

ここではタイトルの通り、「失敗」の定義が行われ今います。

まず、この「定義」と言うことについて。これは言うまでもなく言葉の意味を決めること、ですね。実はこの定義と言うことは大変重要な意味を持っていますのでまずこのことから始めたいと思います。(ここは本には無い部分です)

 通常、私たちは言葉を使って物事を考えています。ある事物を一つの単語で表すことは大変効率的です。効率的と言うことでは略語もあります。RVとかリストラとか。ところが複雑な事象や抽象的なことを一つの言葉で表す、その言葉が定着すると言葉の意味よりも先に言葉が一人歩きしてしまう。

「商店街活性化」などという言葉がまさにそうですね。言葉はどんどん使われていますが、その意味するところはほとんどの人が知らないし、意味について考えたことすらない、という状況がまかり通っています。こんなことで商店街活性化が出来るはずが無いのですが、そのことはまた後ほど触れることにして先に進みます。

 言葉の一人歩き。やがてお互いに同じ言葉を使って話しながら、言葉の意味は相当ずれている、という状況が起きてしまうということはよく経験するところです。日常生活の場合は、お互いの使い方を理解すれば済むことですが、専門的な仕事のなかではそうはいかない。いちいちこの人のこの言葉の意味は・・・、というわけには行きませんからね。専門用語はきちんと定義しされていることが多いと思います。

 定義の仕方ですが、これは、定義しようとする言葉が表している事象を過不足なく包み込んでいることが必要です。例えて言えば「地球」という星を定義して、「太陽系に属する惑星」としたのでは、間違いではありませんが不十分です。この定義に当てはまる惑星は他にいくつもありますから。「太陽系の内側から3番目の惑星」と言えば地球以外にはありませんから、定義として適切でしょう。

 このように定義というのは「過不足なく」そのものを説明していること、特に意味の近い言葉との区分がはっきりしていることが求められます。

 だからといってむやみに厳密にすればいいというものではありません。定義に使った言葉の定義、そのまた言葉の定義・・・と遡ると限度がありません。お互いに意味が通じる、他の類似の対象と区別できる、というレベルで決めておくことです。
定義についてはここではこれくらいにしておきましょう。いずれまた問題にするときがあると思いますので。
 
 では、本書に戻って。
21ページ、畑村先生は、失敗を「人間が関わって行う一つの行為が、はじめに定めた目的を達成できないこと」と定義しています。別の表現もされていますが、ここでは触れません。
 この定義では「人間が関わっている」と「望ましくない結果」の二つがキーワードとされ、先の定義は短縮されて「人間が関わっている」「望ましくない結果」とされています。私ならもう少し踏み込んで、「望ましい結果を求めた行為がもたらした望ましくない結果」とするところでしょうか。わ、これはよけいなことを言ったかな。

 先生の定義をもう少し考えてみたいと思います。「失敗」というシーンに失敗に先立って存在しているのは、「望ましい結果」を求める人間です。彼または彼女は、ある望ましい状態あるいはものを作るために、ある目的を達成するために現場におり、そこで、目的を達成出来るであろうと信じてある行為を行う、その結果、目的は果たせなかった、望ましい状態は達成できず・望んでいなかった状態が起きてしまった。
これが「失敗」ですね。

 さて、失敗学は何故必要なのでしょうか? 上の定義を思い出してください。失敗とは「人間が関わっている・望ましくない結果」でしたね。
失敗学は、何を目的に失敗について研究するのでしょうか?
失敗しないために? 成功するために? 

 「何故失敗に学ぶ必要があるのか」
24ページ冒頭に「失敗の特性を理解し・不必要な失敗を繰り返さないとともに失敗からその人を成長させる」と書かれています。そのためには、「失敗」についていろんなことを知り、失敗を客観的に取り扱えるようになることが必要です。これが第一。

 畑村先生は、教育の一環として失敗体験を取り入れることの必要性を述べています。「試行錯誤法」ですね。この方法についてはいずれ詳しく述べることになると思います。

 失敗は、「目的」と「計画」とその「実践」に関して起こることですから、失敗の研究を通して、目的、計画、実践などについて、「やるべきこと」、「やっていけないこと」が身についてきます。身につく、とは努力しないでも知らず知らずのうちにそういう発想が出来るようになる、と言うことです。私たちの生活には、目的・計画・実践ということが、常にいくつも存在しています。失敗は、「実践」だけではなく「目的」、「計画」の段階でもよく起きることです。「失敗」について学ぶことは、目的・計画・実践という私たちが生きていく上で必要な知恵を学ぶということです。

(第一章 終わり)     

※質問や感想などは該当個所を含む記事にレスしてください。
投稿時間:2002/08/13(Tue) 10:50
投稿者名:夢之助
タイトル:
Re: 第一章 失敗とは何か

失敗という言葉の定義について

>ところが複雑な事象や抽象的なことを一つの言葉で表す、その言葉が定着すると言葉の意味よりも先に>言葉が一人歩きしてしまう。

著者は、さすが、工学系の研究者、まずは言葉の定義からということでしょうか。
赤ん坊に、砂糖を塩と教えたらいけませんね。人間社会は共通認識で成り立っているからです。
ところが、言葉は、同じ言葉でも世代世代で認識が違います、おっしゃっている言葉の独り歩きです。
カジュアルという言葉、私のカジュアルには、服飾のスポーティな普段着的なイメージが付着していますが、カジュアルを形容詞に使うと、その意味はどんどん変化してしまいます。皆さんはどうでしょうか?世代世代でカジュアルを捉える意味合いは違っているはずです。そのように、言葉(の意味合い)は、時間と共に変化するものです。
そこに、言葉の定義ということ、定義して共通認識を作っておかねばならぬ必要性があると考えます。言葉の定義とは共通認識のための言葉の整理ですね。重要な事だと思います。

>私ならもう少し踏み込んで、「望ましい結果を求めた行為がもたらした望ましくない結果」とするところでしょ>うか・・・

続けて、付け加えさせてもらえば、「ある時点において、望ましい結果を求めた行為がもたらした望ましくない結果の集積」としたら如何でしょうか?

「ある時点」と「集積」を付け加える理由
(一つには)
孔子も時を得らずんば・・というコトワザがあります。早い話がタイミングという事です。
失敗をもたらした行為であっても、別のある時点では成功をもたらす行為である可能性は
否定出来ません。これは、人のコダワリ(価値観)の変化への対応タイミングと言い換えられます。
(別の方向から考えて)
行為には段階があるはずです。失敗をもたらした最終的行為、その最終的行為に到る
過程での予備行為があるはずです。
成功には成功の積み重ね、失敗には失敗の積み重ねがあるのではないでしょうか?
成功という目に見える現象の下には、目に見えない、時点時点での小さな成功があり、
失敗という目に見える現象の下には、目に見えない、時点時点での小さな失敗がある。
時点時点での行為選択の失敗群が有機的?に失敗に結びついているということです。

ですから、失敗をもたらした行為のデータは、時系列の中で検討されないと、失敗の本当の要因は
見えてこないのではないでしょうか?
失敗に学ぶとしたら、時間軸上に、その行為を並べて検証する事が重要であると考えます。

上記は、失敗という言葉の定義から導き出した一つのモデルにすぎませんが、“言葉の一人歩き”
というカキコミに反応してレスしてみました。
まあ、ちょっと無理やりの感じがしないでもありませんが(笑)

輪講ということに慣れておりません。メンバーの有志が、本を読み、その内容をメンバーに
講義すると言う事のようですが、レスは講義内容から外れたフリートークになっている
かも知れません。まだ、テキストが手元にないせいもありますが、読んだら読んだで、
先走りしそうで不安感もあります。しかし、この際、じっくり考えると言う事を学ぶのも
無駄ではないなと思っております。
参加希望致します。聴講者名は「夢之助」で、よろしくお願い致します。

投稿時間:2002/08/13(Tue) 13:34
投稿者名:takeo
タイトル:
失敗と成功の比較
夢之の助さん 
初めまして。ご参加いただきありがとうございます。 

> 失敗という言葉の定義について

>>私ならもう少し踏み込んで、「望ましい結果を求めた行為がもたらした望ましくない結果」とするところでしょうか・・・

> 続けて、付け加えさせてもらえば、「ある時点において、望ましい結果を求めた行為がもたらした望ましくない結果の集積」としたら如何でしょうか?

> 行為には段階があるはずです。失敗をもたらした最終的行為、その最終的行為に到る過程での予備行為があるはずです。
> 成功には成功の積み重ね、失敗には失敗の積み重ねがあるのではないでしょうか?
> 成功という目に見える現象の下には、目に見えない、時点時点での小さな成功があり、失敗という目に見える現象の下には、目に見えない、時点時点での小さな失敗がある。時点時点での行為選択の失敗群が有機的?に失敗に結びついているということです。

 「成功には成功の積み重ねがある」というのはまさにその通りだと思います。また、「失敗」も、修正すれば大事に至らないですんだ小さなミスが集積された結果、いうケースが多いかと思われます。おっしゃるとおりです。しかし、「成功」と「失敗」を比較してみて、一番違うところは、「成功」は、「これまでの全段階の成功の積み重ね+今度の成功」なのに、失敗は「これまでの全段階の成功+今度の失敗」で失敗する、いううことではないでしょうか。「成功は積み重ね、失敗は一瞬」ということもあり、ですね。

> ですから、失敗をもたらした行為のデータは、時系列の中で検討されないと、失敗の本当の要因は 見えてこないのではないでしょうか?
> 失敗に学ぶとしたら、時間軸上に、その行為を並べて検証する事が重要であると考えます。

 このことは、私も大変関心があるところですが、本の第2章に関わってくると思いますので、またそちらの方であらためて。

> 輪講ということに慣れておりません。メンバーの有志が、本を読み、その内容をメンバーに
> 講義すると言う事のようですが、レスは講義内容から外れたフリートークになっている
> かも知れません。まだ、テキストが手元にないせいもありますが、読んだら読んだで、
> 先走りしそうで不安感もあります。しかし、この際、じっくり考えると言う事を学ぶのも
> 無駄ではないなと思っております。

そうですね。言い出しっぺもどういう風になるのか、全く構想抜きの思いつきで始めています。Web上で始めた「失敗学のすすめ」の輪講が失敗した(笑)、と言うことにならないようにしなくちゃ。でも失敗したらその時はその時、次なるテーマ、「失敗の研究」の教材にしましょう(笑)
お好きなスタイルで書き込んでください。

> 参加希望致します。聴講者名は「夢之助」で、よろしくお願い致します。

よろしくお願いいたします。


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