ホーム資料庫経営フォーラム 保存版


経営フォーラム  保存版  

K018■ラグジュアリィニーズ

投稿時間:2002/05/29(Wed) 08:51
投稿者名:takeo
タイトル:
ラグジュアリィニーズ その1
 すいらんさんから「商店街なんでも掲示板」で提出されたラグジュアリィニーズについての議論をこちらに移して始めます。長文のため、適宜区切りながらアップします。
 ちなみに、きっかけになった記事は、
http://www.quolaid.com/cgi/yybbs/yybbs.cgi の「好みとは?」です。

当社の活性化理論の基本概念であるラグジュアリィニーズについて疑義が出されました。大変有り難いことです。読み返してみましたらこれは多くの人にとって躓きの石になるだろうということが分かりました。ご指摘に感謝し、以下、説明します。

「ラグジュアリィ・ニーズ」というのは多分当社の造語です
最近ファッション関係ではラグジュアリィという言葉をよく見かけるのでひょっとしたら誰か使っているかも知れませんが、少なくとも当社と同じ意味ではないと思います。現在ファッション系でラグジュアリィといえば、宝飾系のことが多い?

 YAHOOで検索してみたら米国のショッピングセンター関係では「luxury mall」という概念が出ていますね。ナカミは従来のショッピングセンター、ショッピングモール、ファッションモールなどと同じ。ちなみに米国のショッピングモールには食品スーパー(=スーパーマーケット、以下SM)とかSM部門とかは絶対に出店していません。
また「日本型GMS(=大量に売れるものなら何でも売りたい量販百貨店)」とちがって米国のGMS(まだ存命かな?)にはSM部門などはありません。どうしてか?
米国ではGMSとSMはまったく異なる業態、それぞれの出発も歴史もまったく異なります。ターゲットにしている購買目的、購買行動がぜんぜん違いますから、同一集積には入りません。極端な場合ショッピングモールとSMが歩道をはさんで隣り合わせで立地していたりします。日本の「量販百貨店」を核にしたショッピングセンターとは発想がまったく違います。米国の小売業=顧客志向、日本の量販店=売れ筋志向、と考えてまず差し支えない。

 さて、本論に入ります。
前期のFlashNoteでは、ラグジュアリィ・ニーズについて、
「ショッピングモールとは、ラグジュアリィニーズを対象に構築された商業集積のことである。ラグジュアリィニーズとは「必需品に選別基準として自分の好みが加えられたニーズ」のことであり、流行や商品のグレイドを基準とした買い物ではなく、個々人の好み、商品が持つ特性へのこだわり、ということが基準になって行われる買い物ニーズである。ショッピングモールとは、ラグジュアリィニーズに対応することを存在理由=デスティネーション=お客から見た来街目的として、「計画的に作りあげられる商業集積」のことである。」
と書かれており、ここから、ラグジュアリィニーズについての説明、「必需品に選別基準として自分の好みが加えられたニーズ」、「流行や商品のグレイドを基準とした買い物ではなく、個々人の好み、商品が持つ特性へのこだわり、ということが基準になって行われる買い物ニーズ」ということから、「好み」を基準にしながら「流行ではない」というのはおかしいではないか、という疑義が提出されました。
読み返してみますと確かに舌足らずのところがあり、理解を妨げただろうな、と感じます。

 ラグジュアリィは、「必需品に本人の好みが加わったもの」と説明しています
ここで必需品とは、その人のライフスタイルを作りあげるために必要なもの・サービス、というような対象を指しています。私たちにとっての必需品とは、現代日本社会の中で自分が維持している、あるいはこれから作りあげていこうと考えている生活にに必要な「品目リスト」に挙げられる商品です。必需品=生存を維持するための最低ラインのアイテムではありません。おわかりのとおり。
 私たちはこれら必需品のほとんどを購買行動を介して手に入れます。購買行動は、多くの品目の中から特定の商品を選び出す行動、という側面を持っています。
小売店の店頭には競合メーカーの「差別化」を競っている類似アイテムが数多く並んでいます。私たちお客は、その中から否応なく特定のアイテムを選定、ピックアップしなければならないわけです。

投稿時間:2002/05/29(Wed) 10:41
投稿者名:すいらん
タイトル:
「必需品」という言葉について
途中さえぎってすみません。必需品という言葉についてちょっと。
サッカーゲームの必需品というような使い方だと特定できるのですが、
商店街の話題の中では、分かっていても、どうも日用品的な、いわゆる生活必需品のような意味合いへの連想に引っ張られてしまいます。
そこで、言葉の使い方として、必需品と言う言葉に集約して定義するより、「あるライフスタイルの必需品に本人の好みが加わったもの」とスンナリ表現された方が、区別されて良いんじゃないのかと?

「その人のライフスタイルを作りあげるために必要なもの・サービス」ですので、さらにハッキリと区別する為には、「必需品」に替わる、より適当な言葉はないものかとも思っております。

投稿時間:2002/05/29(Wed) 13:54
投稿者名:takeo
タイトル:
Re: 「必需品」という言葉について
> 途中さえぎってすみません。

まあ、まあ 焦らないでください。
全体を見渡すと理解できることもあるかも知れません。

一般に体系的の一部である概念を個人の日常的な語感で理解する、
あるいは反発する、というのは生産的なことではありませんよ。

投稿時間:2002/05/29(Wed) 15:00
投稿者名:takeo
タイトル:
アイテムシートとアイテム
 この買い上げるべきアイテムの選定には様々な基準が働きます。商品の特性、価格、付加されているサービスなどなど。

もともとある生活局面を作りあげるためには様々の材料が必要です。これを生活アイテムと呼ぶことにしましょう。私たちの生活は、所得を得るための生活、家族の一員としての生活、余暇を楽しむ生活などなど、様々の局面に分けることが出来ます。それぞれの生活局面に○○生活を作りあげるための材料群が必要ですね。私たちの生活の一こまを切り取ってみるとそのシーンは大道具、小道具、様々なアイテムから成り立っています。これら、生活局面を作りあげるために必要な材料を「アイテムシート」と呼ぶことにします。この「アイテムシート」が「生活必需品」です。

 実際の生活では「生活必需品」がそのまま登場することはありません。アイテムシートには特定の具体的なアイテムが配置されることになります。現代ではそのほとんどが商品購入という形で入手されることはいうまでもありません。
試みに、アイテムシートに合致する商品が市場に一種類しか無い場合を考えてみましょう。この場合、そのアイテムはアイテムシートを埋めるべき・生活を作りあげるための文字通り必需品だと言うことになります。そういう意味での必需品というのは現代日本にはそうそう存在していません。
 実際の生活では、数多くのメーカーが類似の機能を持ちながら、かつ、アイテムシートの座を射止めるために他の商品と「差別化」した商品があふれています。ほとんどの商品が買う側の意志・基準によって選択されている、というのが現代日本におけるアイテム購入のありかたですね。

 アイテムシートに該当する候補アイテムが複数存在すると、我々は否応なく選択することが必要になります。高度に分業が進んだ社会では、生活の中で選択という行為がつきまといます。我々は選択すること無しにはほとんどのアイテムを手に入れることが出来ない、という大変特徴のある生活を送っているわけです。この選択の裏返しは、市場に提供されていないものは乳周できない、ということです。消費者は王様、我々は何をアイテムとしてピックアップするうか、自由裁量権を持っています。ただし前提条件が一つあり、それは市場に提供されていないアイテムは手に入らない、ということです。これは小売店を考えてみればよく分かります。行動範囲にアイテム候補商品を販売しているお店が一店しかないとすれば、我々は否応なくそのお店を利用せざるを得ないが、複数あれば自分の基準で選択できる、使い分けることも出来る、ということです。

 以上でひとまず「必需品」という概念関連についての説明を終わります。
「必需品」を理解するには、「ラグジュアリィ」を理解しておかないとなかなか腑に落ちないかも知れません。

※アイテムシートは、元来、商品構成計画の用語です。ここでの用法は、マーチャンダイジング用語としての本来の使い方と微妙に異なりますから注意してください。

※ちなみに、私が提案している小売業の業態3類型には、必需品をテーマにしているものは無い、ということを確認しておいてください。

投稿時間:2002/06/04(Tue) 21:31
投稿者名:takeo
タイトル:
必需品再考
必需品についてもう少し、念のため。

世の中で売買されている商品のほとんどは「必需品」ではありません。
必需品=生活の中で果たすことが期待されている機能=使用価値と考えればこのことは明らかでしょう。
商品の多くは「必需品プラス」であり、我々が生活の材料としてあるアイテムを商品構成の中からピックアップするとき、それは必需品というレベルではなく、使用価値以外の要素を含む基準で選択されている、ということです。使用価値に加味される選択基準としては例えば、購買の利便性、価格、流行、好みなどを挙げることが出来ます。

日用品=必需品とか消耗品=必需品という用語の用い方もありますが、必需品だから選択の余地はないとか自分の好みは影響しない、ということはありません。このあたりをきちんと理解していないとラグジュアリィニーズ対応=商店街の最後のチャンスをものにすることはできません。

投稿時間:2002/06/04(Tue) 21:33
投稿者名:takeo
タイトル:
ラグジュアリィニーズ
「必需品」というレベルの商品=むき出しの使用価値というものは市場にはなかなか存在しない、ということが理解されたことと思います。

商品は、商品として登場することを決められたとたん、形状や価格などお客にとっては選択を強制される条件が付いてしまいます。競合が激しい成熟市場ではなおさらのことです。
複数提供されている使用価値(品揃え:買い上げようとするとたん使用価値レベルではなくなる)から買い上げる商品を選択しなければならない。このような選択は当初は受動的なものかも知れません。しかし、選択を続けている間に自分なりの「好み」というものが生まれてきます。

実際の購買商品の選定にあたっては様々の条件が勘案されて決定されるわけですが、中でも自分の好みに基づいて作りあげたい、「ひとくくりの生活局面の実現」を目指すのが「ラグジュアリィニーズ」です。

ラグジュアリィニーズとは、自分の好みを優先して行われる購買ニーズのことです。したがって対象商品も「単品豪華」とか「流行先端」とか「世界ブランド」とかを意味すものではありません。所有の満足よりもそれをが小道具として創り出す生活空間・時間を堪能する、というニーズに対応するものですから、空間の演出・編集を実現するトータルな品揃えが課題になります。これは同時にラグジュアリィニーズ対応を目指す小売業の側の店づくりの課題そのものです。

投稿時間:2002/06/06(Thu) 16:42
投稿者名:takeo
タイトル:
店づくりの課題
ちょっと視点を変えて店づくりの方から考えてみましょう。
ラグジュアリィニーズが従来の店づくり・品揃えの常識とどう違うのか、対比させてみることでこのニーズの特徴を浮かび上がらせることが出来るでしょう。

具体的な例があった方がわかりやすいでしょうから、ローカル都市の婦人服店を想定して考えてみたいと思います。

婦人服店の店づくりとしては、客層の設定が基本ですがこれがこれまで同様、川上の事情から地域を見るか、それとも地域の生活から川上を見るのか、という二つの道があり、どちらを選ぶかで店づくりには雲泥の開きが出てきます。周囲の店と同様じり貧の道をたどるのかそれとも新しい繁栄の道を切り開いて街ぐるみ転換の先頭に立つのか・・・。

従来の手法ならば、田舎、人口過少、生活経験極小、というような30年前と同じような発想で、「ほどほど」を基本とした品揃え・店づくりになる。
@少ない人口で A高額所得者から低所得者までいろんな客層に属する人が少しづつ住んでいる、Bだから客相を絞れない、Cほどほどの品揃え・店づくりこそローカルの婦人服店の生き残る道だ、と大体判で押したような考え方ですね。そうするとどこの店でもほどほどの品揃え、何でもあるが私の欲しい商品だけがない、と「全ての」客相が評価する、誰から見てもあってもなくてもいいような店になってしまう。

依って立つ田舎立地の商売の原理原則は疑えないなかで、所期の業績を確保し続けることは難しい。しかし、生業・家業・企業つまりは営利事業である以上一定の売上げは保持しなければならない。新規顧客を作ることなどとても出来ない相談、かくて減り続ける一方のお得意さん相手という「縮小再生産」が基本となってしまいます。仕入れの方針としては、常連の○○さんに奨める商品、などという恐るべき発想だったりする。
これは一見BtoCの究極のカタチ風で結構なように見えますが、ハッキリ言って根底から間違った手法です。


投稿時間:2002/06/11(Tue) 21:08
投稿者名:takeo
タイトル:
ローカル立地の婦人服店
これは地域差もあることでしょうが、佐賀県などでは商店街が消滅してしまった商工会地区などで最後まで残っている「商店街業種」は婦人服ですね。今や見る影もなくなったかっては商店街だったとおぼしい家並みのなかに営業中の婦人服店がある、という経験を何度もしました。

町村地区の中心商店街、もともと利便性の強い業種構成ですが、近くに共同店舗形式などでスーパーマーケットが作られると、生鮮食料品店などが壊滅する。これは購買目的対応ということから行けばスーパーマーケットのワンストップ、セルサービスという業態に太刀打ちできません。

続いて生活雑貨。書籍・文具。これらは原因はそれぞれ異なりますが、いずれもこれまでの商店街既存の業種店ではお客のニーズに合わなくなって閉店、という運命をたどっています。

さて、ファッションです。自他共に認めていた地域一番店=総合衣料品店は、共同店舗に参加、オープン当初は引き続き一番店を張っていましたが、今日では凋落の一途です。
共同店舗参加を迷いながら従来からの路面経営を選択した婦人服店の中には現在もそれなりの成績を上げているところがよく見られます。

もちろん何店もあったはずの婦人服店、残っているのは1,2店ですがその特徴:
@商圏=人口規模などを念頭に置かず、客相を限定して品揃えの奥行きを充実させる、品揃えも業種にとらわれず、客相のファッションニーズに対応する、という路線を選択している。
A品揃えは地元問屋を活用、こまめな仕入れを心がけている。商品管理に留意、期末バーゲンの圧縮が戦略。
B商圏が広く、隣接する自治体地区からも結構集客している。
面白いのは、○○町に行くと「うちは××や□□町からも客が来る」と得意げなこと。一方××や□□に行くと「うちは○○からも客が来る・・・・」とこれまた得意げ、ということです。

これは、婦人服という最も「ラグジュアリィニーズ」が成熟しているファッション分野で、「この指とまれ」という店づくり・品揃えを徹底した、だからこそ生き残りに成功している、というのが私どもの理解です。

この客相限定、ラグジュアリィニーズといっても一筋縄・一網打尽というわけにはいかない、売れ筋商品(?)を置けば良いというものでもない領域において独自の店づくりを実現している婦人服店が広域でみると2店、3店と残っているのです。広域の奥さん達がそれぞれ自分の贔屓のお店に近くのお店を素通りして隣町までさっさと出かけている。

「客相限定・奥行き充実」という商工会地区の婦人服店は期せずしてラグジュアリィニーズ対応の店づくりを実践しています。人口規模、駐車場などは話題にもならない。商圏トータルで婦人服需要がいくらあるか、そのうち当店が何%を占めているか、何%を目指すか、などという馬鹿げた発想は金輪際してはいけません。問題は、将来にわたって必要な粗利を稼ぎ出すためのシステム=お店のコンセプト、商品構成、在庫の量と管理、回転率などの計画的な展開です。
このあたりを踏まえないで、減る一方の常連客の顔を思い浮かべながら、これは誰させんになどという仕入れ法は本当にじり貧以外の何者でもありません。うちは誰々さんのラグジュアリィニーズをモデルに店づくりを全転換する、ということなら話は別ですが。

ちなみに当社のショッピングモール論は、米国流SC類型論などを踏まえながら一方ではこのような商工会地区で頑張っている婦人服店その他にも学んでいるわけですね。

投稿時間:2002/06/15(Sat) 09:50
投稿者名:takeo
タイトル:
ローカル婦人服店の顧客ニーズ
少し複雑な議論になりますので、何回かに分けてアップします。

これは「ローカル立地の婦人服店」の店づくり実践に関する議論、そのつもりでご検討ください。

投稿時間:2002/06/21(Fri) 08:01
投稿者名:takeo
タイトル:
その1 商品特性とは
まずはちょっと視点を変えて商品特性について考えてみましょう。
商品は次の4つの視点から見ることが出来ます。

1.素材
2.使用価値
3.共通価値
4.生活価値

それぞれが何を意味するかと言うことについては、Web商人塾の講義録を参照してください。
といいたいところですが、「雨傘」という商品を例に簡単に説明しておきます。

素材:商品である雨傘の素材。その他の商品特性に影響するとともに、商品が資源、廃棄、環境などの領域に関連するときに問題になります。

使用価値:商品(品種)の機能。例えば雨天外出時の「濡れ防止」とか。

共通価値:社会あるいはその部分に共通する商品(アイテム)についての共通理解。素材、ブランド、デザイン、流行、その他。

生活価値:特定の個人が自分らしくデザイン・編集した生活において選択の基準となる商品特性。
上記の性格の他、価格その他入手に要するコストも含まれる。

このように分類してみると、市場に提供されている商品は「共通価値」、私たちが購入するのは「生活価値」としての商品であることが了解されます。
購買する商品の選定とは、提供されている共通価値としての商品群から自分の生活を基準に商品をピックアップする、ということです。

特定ブランドの雨傘は、ある人にとっては生活価値を表現するアイテムとして捉えられ、同じアイテムが別のある人にとっては単なる使用価値として認識される、ということが起こり得ます。

このような視点でファッションに対するニーズを捉え直してみましょう。





Copyright (C) 2004 (有)クオールエイド  All Rights Reserved