投稿時間:2002/01/05(Sat) 11:48
投稿者名:takeo
タイトル:文字情報の双方向通信
掲示板、チャットなどいずれも新手の時間堪能ですが、余りお金が
かからない方向が主流でしょうか?
相手を必要とする場合はもちろんGIVE&TAKEですから、こちらに
相応の準備がないと望ましい相手と望ましい時間を共有することが
できません。
Webの通信手段としての画期性は、双方向性(電話・テレビ電話)
や速度ではなく、「文字情報の双方向通信」が低コストで普及した、
ということでしょう。
この「文字情報」というのが大切なところだと思いますので、詳し
くは次週のメルマガで展開します。
投稿時間:2002/01/22(Tue) 23:51
投稿者名:takeo
タイトル:Re: 文字情報の双方向通信
> この「文字情報」というのが大切なところだと思いますので、詳し
> くは次週のメルマガで展開します。
メルマガには大きなテーマを準備中ですので、「文字情報」についてはこ
ちらでほんのさわりだけ書いて次回に回します。相済みません。
文字情報の機能としては、自己表現、対象叙述、指示などの機能が言われ
ていますが、さらに「推論」という機能が在ることは余り知られていませ
ん。推論とは論理的に考えを進めていくこと、と言うような意味です。
もちろん、この中には目の前にある文字情報を批判的に検討する、という
作業も含まれます。その情報を書いたのが誰であるかを問いません。
私たちは、文字に書くことで自分の考えを自分中から取りだし、あたかも
他人が書いたものであるかのようにこれを吟味することが出来ます。吟味
の内容は様々なレベルがありますが、ここでは立ち入りません。
文章を書いたときの自分よりもそれを吟味するときの自分の方が客観的で
あることは勿論です。考えをコトバにする、さらにそれを文字に置き換え
ることで、私たちは考えた自分、書いた自分とは違ったレベルでそれに接
することになります。このプロセスからなにが生まれるでしょうか?
投稿時間:2002/01/23(Wed) 09:00
投稿者名:takeo
タイトル:Re^2: 文字情報の双方向通信
> 文章を書いたときの自分よりもそれを吟味するときの自分の方が客観的で
> あることは勿論です。
これは勿論、文章そのものに対して客観的である、ということで書こうとしている対象についての態度ではありません。
>考えをコトバにする、さらにそれを文字に置き換え
> ることで、私たちは考えた自分、書いた自分とは違ったレベルでそれに接
> することになります。このプロセスからなにが生まれるでしょうか?
ここで行われるのは、まず、書こうとしていることが筋が通っているかどうか、前後矛盾しているところはないか、ということですね。
つぎに、自分が表現しようとしていることがらが過不足無く言い表されているかどうか、これも書いたときと後で検討してみるときとではずいぶん見え方が違います。ことがらと文章との対応関係を批判的に検討する、ということです。
次に、文章は何のために書かれたのか、ということを考えその目的を達成するために適当な内容になっているかどうか、ということが検討されるべきですね。
最後に読んでもらう対象は誰か、あるいはどのような人を想定しているか、その人にきちんと理指してもらえる書き方になっているかどうか、ということです。
私たちが自分で書いた文章を推敲するときは、無意識のうちに上記のようなレベルの異なる作業を行っているのですが、これは各レベルを意識しながら取り組むことが必要です。リテラシーの向上を目指すには必ず心がけるべきだと思っています。
特に、想定する読者が不特定多数であることが多いネットへの投稿は、難しいですね。
先日大江健三郎さんが、中学生への作文指導で推敲の大切さを強調しておりました。特にその理由は説明されていませんでしたが、上記のようなことではないかと思いながら見ておりました。
文字情報による双方向通信とこの記事との関係はまた明日。
投稿時間:2002/01/27(Sun) 18:44
投稿者名:takeo
タイトル:Re^3: 文字情報の双方向通信
前述のように、私たちは自分の考えたことその他誰かに伝えたい情報などを文章化することで自分と切り離して、取り扱うことができます。自分で間違いに気づき、削除したり訂正したりすることが出来るわけですね。ワープロ機能を考えてください。
このような機能をさらに拡大すれば、細かな文言や言い回しばかりでなくひとまとまりの文章を対象に改善したり削除したり、他の文章に置き換えたりすることが出来ます。一つの文書全体を削除したり、他の文書と置き換えることも可能です。実際に私たちがやっていることですね。
さらに拡大すれば、文書削除にあたってその文章を書いた当時の自分自身のものの見方、考え方を批判し、改良し、転換することが出来ます。そんなに頻繁に起きることではありませんが、例えば「商店街の活性化」とモールへの転換」の置き換えなどがその例です。
これらの仕事も文字情報の取り扱いを通じて行われます。
リテラシー、読み書き能力とは単に自分の考えなどを相手に伝えるというような情報伝達機能だけでなく、自分自身の誤りに気づく、考えを改良する、という重要な仕事に欠かせない役割を持っていることが分かります。
リテラシーに優れているということは、計画などをいきなり実行、失敗してから改善するというのではなく、文字情報の段階で内容を点検し、改善することができる、実践で失敗する前に文字情報段階で改善できる、ということになります。
リテラシーにはこのよう大切な機能があるのですが、あまり知られていないと思います。リテラシーの向上は、自分の考えをより良く相手に伝える、という必要からだけでなく、自分の考えを改善する、という仕事を進めていく上からもとても大切なことです。
投稿時間:2002/01/28(Mon) 22:22
投稿者名:takeo
タイトル:Re^4: 画期的な掲示板の機能
掲示板の機能を使えば、自分の考えを文字情報として相手に伝達するというばかりではなく、自分の考えを相手の批判にさらし、批判的な応酬をすることで自分の考えを相手との協働で改善する、ということが可能です。このことはこれまでほとんど指摘されていないと思いますが、きわめて貴重な機能ですね。
自分の考えを記述する−校正する(改善する)−アップして相手の批判にさらす−批判を受ける(改善する)−批判に答える(記述−校正−アップ)−再批判・・・という作業が掲示板の機能の一つですね。このような作業はこれまで教育機関の一部だけでしか行われなかった高度な知的作業です。
一部の限られた人たちだけが享受してきたこのような作業の機会が、自分の考えを改善したい、と考える全てのWebユーザーに提供されています。
これは人類史上本当に画期的なことです。様々なWebの機能のなかでも最高の機能ではないでしょうか。せいぜい活用したいものですね。
投稿時間:2002/01/30(Wed) 18:22
投稿者名:聞きかじり
タイトル:Re^5: 画期的な掲示板の機能
> 自分の考えを相手の批判にさらし、批判的な応酬をすることで自分の考えを相手との協働で改善する、
> 自分の考えを改善したい、と考える全てのWebユーザーに提供されています。
> せいぜい活用したいものですね。
まったく同感です。
本当はもっとがんがん書きたいところですが、ずいぶんと遠慮することが増えました。
ひとつには「飲酒運転」です。酒の席での議論とは違い、相手をより深く傷つけます。
「言葉足らず」の誤解を解く労力も大変なものがあります。
「パソコンを使えなくちゃ」と思った15年前と同じように、「ネットを使えなくちゃ」と思っています。
投稿時間:2002/02/02(Sat) 08:19
投稿者名:takeo
タイトル:メールとリテラシー
聞きかじりさん、こんにちは。
この話題、IT技術の革新が契機となって始まったコミュニケーションの様態の変化、メールの普及による双方向コミュニケーションの爆発的な増大とWebの機能をよりよく活用するためのリテラシー向上について一緒に考えてみたいと思いますが、如何でしょうか。
現在、世界中をとんでもない数のメールが飛び交っています。
文字メディアが低迷する中で始まったIT技術の革新がもたらしたことですが、人類がこれほど文字表現とその伝達ということに専心する時間を持つことは想像できませんでした。電話から手紙への転換、音声によるコミュニケーションからリテラシーを媒介するメールへの転換にはどのような意味があるのでしょうか。
また、このことはリテラシーの向上にとってどんな意味があるのでしょうか?
投稿時間:2002/02/03(Sun) 13:06
投稿者名:すいらん
タイトル:Re: メールとリテラシー
> 電話から手紙への転換、音声によるコミュニケーションからリテラシーを媒介するメールへの転換にはどのような意味があるのでしょうか。
> また、このことはリテラシーの向上にとってどんな意味があるのでしょうか?
ちょっとお邪魔して。
恥ずかしながら、リテラシーという言葉の意味が分かりませんでした。検索によると、読み書き能力という意味らしいんですが、ただ、その捉え方については、考え方が色々あるようですね。
ご如才なき事で、失礼とは思いましたが、リテラシーについて、自分が参考にした、下記アドレスをご紹介いたします。
http://www.ulis.ac.jp/~sekiguch/johoshak/vol4/takenouchi.htm
リテラシーの向上という観点からなら、馬車が自動車に進化したと同じように考えたらいいんでしょうけど、転換ということなら、人間の脳みそのコダワリ(思考枠)の変化から捉えなくてはと思っています。
投稿時間:2002/02/07(Thu) 10:31
投稿者名:takeo
タイトル:Re^2: メールとリテラシー
> 恥ずかしながら、リテラシーという言葉の意味が分かりませんでした。検索によると、読み書き能力という意味らしいんですが、ただ、その捉え方については、考え方が色々あるようですね。
基本はやはり単純に「読み書き能力」だと思います。
デジタルデバイドも最終的にはリテラシーの問題に行き着きます。
「読み書き」機能の大部分が「しゃべる」によって置き換えられることは出来ませんから、Webの進化によってリテラシーの重要性はこれまで以上に増すでしょう。リテラシーデバイドが問題になります。
> ご如才なき事で、失礼とは思いましたが、リテラシーについて、自分が参考にした、下記アドレスをご紹介いたします。
> http://www.ulis.ac.jp/~sekiguch/johoshak/vol4/takenouchi.htm
○○リテラシーも結局は読み書き的リテラシーに行き着くでしょうね。後は批判能力でしょうか。これについてはリテラシーだけではなく、意識的な姿勢が必要かも知れません。読み・書き・批判でリテラシーというのはどうでしょうか。
メール、掲示板での議論はリテラシー向上にもってこいの機会です。
> リテラシーの向上という観点からなら、馬車が自動車に進化したと同じように考えたらいいんでしょうけど、転換ということなら、人間の脳みそのコダワリ(思考枠)の変化から捉えなくてはと思っています。
リテラシーは頭の働きも統制します。頭の優劣といわれていることはリテラシーの優劣だったりする。読み・書きをWebでせっせと鍛えれば手軽でコストもかからない。
私は、プライベートの議論では多少恥をかいても向上のためにはやむを得ない、という精神でやっています。
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