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K009■「脱資本主義」前座屁理屈

投稿時間:2002/01/26(Sat) 14:54
投稿者名:すいらん
タイトル:
「脱資本主義」前座屁理屈
資本主義は、資本主義として発達したのではなく、その本質は人の儲かりたいと言う(考え)の計画的行動の結果と書かれてあります。「儲かりたいと言う(考え)」を本質とすると、脱資本主義の目指すところは、アンチ資本主義というテーゼの本質となるべき「儲からなくてもよいという(考え)」の計画的行動ということになります。さて、「儲からなくてもよいという(考え)」とは、どんな考えなのか?儲かりたいと言う(考え)なら、すぐ理解できますが、社会主義?的資本主義(これは何処かの国で言ってたか?)とでもイメージのネーミングをしたら、分かりやすいでしょうか?
上記を前提とすると、「ラグジュアリィニーズ」は、「儲からなくてもよいという(考え)」の計画的行動の具体的コンセプトと位置付けられます。

「コンサルタントの眼、「脱・資本主義」に進路を取れ」、論議の前座として、屁理屈啓上。

ちょっと、難しかったです。でも、「ラグジュアリィニーズ」に話が落とし込まれてきて、すこしだけ理解が。

投稿時間:2002/01/26(Sat) 21:26
投稿者名:takeo
タイトル:
Re: 「脱資本主義」前座屁理屈
さっそく口火を切っていただき感謝します。

脱資本主義は、アンチ資本主義ではありません。日本型経営という経営に
表面上似通ったところが多い、「資本主義を越えた資本主義」です。

資本主義と脱資本主義では「儲け」の考え方が違います。
資本主義的儲け=資本に対する配当原資たる利益
脱資本主義的儲け=存続に必要なコスト原資たる付加価値(≒粗利)
資本主義的儲けは、脱資本主義では存続のために必要なコスト原資(使途
が限定されている)ということになります。

ラグジュアリィニーズは、企業存続に必要なコスト原資を稼ぐための事業
機会、です。ラグジュアリィニーズは資本主義的需要を越えたニーズであ
り、その特性上高付加価値が期待されます。このあたりは追々と。

如何でしょうか。

投稿時間:2002/01/30(Wed) 19:01
投稿者名:聞きかじり
タイトル:
Re^2: 「脱資本主義」前座屁理屈
私のことを少し(長々と)お話してみたいと思います。

私は見合い結婚で子供が生まれたのを機に、地方公務員を辞めて家内の実家の商売を手伝うようになりました。
2年後に祖父母の引退した場所に支店を出すことになり、私たちに任されました。
開業資金を資本に組み込むことはできませんでしたが、返済して私たちの給料がそこそこ
取れるようになった後は、配当の必要がないのでそのほとんどを投資にまわしてきました。

店で使う什器・備品や店員をそろえることに使いました。
パソコンもそのひとつです。
マスターデータの置き場を一つにするために、NECの98でLANを構築したり、
シャープのポケコンをハンディターミナルに仕上げたり、結構遊びました。

当初から不要な在庫は積まない主義だったので、余裕はすべて人的資産に投資しました。
そして余った自分は町会や商店街、業界のために時間を使ってきました。

当時から「モノ一辺倒」では生き残れないと感じていたので、付加情報には力を入れてきました。
駅にあった「豆知識」みたいなものを作ってみたり、HPを作ったのも結構早かったと思います。

「IT革命」が脚光を浴びていますが、その本質は当時から感じていた「脱資本主義」ではないかと、今後の展開が楽しみです。

投稿時間:2002/02/02(Sat) 09:42
投稿者名:takeo
タイトル:
Re^3: 「脱資本主義」前座屁理屈
経営の現場はとっくに脱資本主義であることを証言していただきました。
「理論」を離れて実際の経営をみると、資本主義の理念を実践している経営者は全くの少数派です。ところが大多数の経営者が「自分が経営しているのは利益を実現するため」というまやかしを信じている。この信仰がどれほど企業経営を毒しているか、その結果せっかくの社員の能力を発揮させないまま過酷な境遇に追いやる、企業の利害と社員の利害を修復できないまでに断絶させていることを考えれば、思い半ばを過ぎるというものです。

日本型経営というのはまさに脱資本主義あるいは非資本主義的な性格を色濃く持っていたのですが、時代遅れなどといわれて退場しつつあります。「日本型経営」を実践してきた経営者の皆さんは自分たちが実践してきた経営の意味がよく分かっていなかった、ということなのでしょうか。



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