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批評と提言 2004  保存版


F129■社会通念ということ  2004-05-15 (Sat)

このところ経営フォーラムでは既存の経営理論というか、理論めいたというか、そういうたぐいの言説を批判しています。例えば、ライリーの法則、ランチェスター戦略、差別化戦略、立地理論などなど。
これらは一時期それなりに有効であるといわれ、拳拳服膺されてきた社会通念ですが、今となってはしっかり払拭しなければならない、経営理論としては使えないレベルであることがはっきりしています。

通念とはあるものごとについて、世間一般に通用している考え方、というような意味のコトバですね。
社会通念上許されない、社会通念に縛られるな、などと使われます。

通念は誰の手によって作られるか?
これはケースバイケースでしょうが、確かなことは、はじめに誰か言い出しっぺがいる、ということです。ある日ある人が有ることを言い出す、これが人々の耳に心地よく響くところから世間に広まり、多数派を占めやがては「真理」とか「民族のたましい」とかにまで「昇華」する。

平時といいますか、右肩上がりといいますか、趨勢としてOKという時代ならいざ知らず、内外を問わず大きな転換のさなかにあると考えられる今日、これまでの通念(社会に通用している信念?)を後生大事に指針としているととんでもない羽目に陥るかも知れません。

フォーラムではもっぱら高度成長期に小売業界(と限るものでもありませんが)の通念となっていた知識・理論・技術を批判しているところですが、その根拠の希薄なこと、通用したのは時代のおかげ、ということがよく分かります。

問題はこの通念が今も幅を利かしていること。
もちろん、有効性に裏打ちされてのことなら一向にかまいませんが、実際は百害有って一利無しという状況であるにも関わらず、未だに「有効な経営理論・知識」としてまかり通っている。
これは問題でありまして、ぶっちゃけ、中心市街地活性化が遅々として進まないことの背後にはこ業界通念の盤踞が考えられます。

当社としては、この時期、「古き良き時代の通念」のノスタルジーに浸っている人はいないだろう、その無効性はここ10年の実践で骨身にしみているはず、と考えておりましたが、あにはからんや、通念、バリバリの現役で大手を振って闊歩しています。
事業機会:社会的使命に鑑み、このようなデタラメ業界通念と論戦を交えることにも大いに意義があると判断し、業務の一端を既存通念批判に向けることにしたいと思います。

さて、理論と理論の「戦い」、文字通り倒すか倒されるか、という状況もあり得ます。ただし、もちろんこれは戦争ではありません。
これは、どちらがより顧客である皆さんの問題解決のツールとして有効か、ということをめぐる競争、より本質的には
顧客により良いソリューションを届ける、という事業機会・社会的使命を全うするための努力の一環である、ということになります。

まあ、「あっちの水はに〜がいよ〜、こっちの水はあ〜まいうよ〜」ということですが、苦い・甘いはきちんと論証しなければなりません。実例などを振り回しても無意味。
何故論証であって実証ではないのか、ということも含めて【経営フォーラム】で論じています。

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