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批評と提言 2004  保存版


F124■ 「生活難民」 2004-04-03 (Sat)

 今日の朝日新聞、連載中の「食卓は語る」に「買い物難民」という言葉が出ています。

 ニュータウン住民の高齢化・都心回帰による流出。

 団地が集積される時代、並行して歩いて数分のところに形成された商店街が機能消滅寸前という状況が生まれているようです。

(以下上記記事から引用)
 入居して十数年、夫(88)と2人暮らし。週1,2回はバスで私鉄駅前のスーパーまで買い物に行く。バス停まで100段ほどの階段が立ちはだかる。痛めているひざや腰をかばいながら、登山用リュックを背負って出かける。
 歩いて数分の商店街にあった食料品店が数年前に姿を消して以来の「買い物難民」。身体が動かなくなったら・・・。
 「それはそのとき考えよう」と思っている。
(引用終わり)
 記事で紹介されている例は「難民」というより、まだ難民予備軍というレベル。
本当の「買い物難民」とは、「住んでいるところで買い物が出来なくなった=生活が出来なくなったために、引っ越ししなければならなくなった人たち」のこと。

 これは、いわゆる商工会地区(ほとんどの町村地区)では10年以上前から起きていることであり、スーパーマーケットの進出で小規模地区の食料品店など最寄りの「買い物の場」が敗退すると、地域の中心部に立地したスーパーマーケットまで買い物に行かなければならない。もともと交通手段としてはマイカーが主体ですから、当初はそれほど問題は無かったのですが、高齢化がすすみ、夫婦とも免許証を返上するという事態になりますと、とたんに住み慣れた我が家・地区が「日々の生活の材料を入手する手段がない」、住むことを拒む場所に急変してしまいます。

 過疎化が進んでいる商工会地区、「買い物」が出来ないために生活が成り立たなくなる、否応なく都市部にすむ子供を頼って移住する・・・。
という事態がすぐそこまで来ていることをさして「生活難民が発生する」と警告したことがあります。

 宅配があるじゃないかという声もありますが、選択肢があるなかで宅配を選択する、ということと他の手段が無いために宅配だけしか選択肢がない、というのは雲泥の差がありますからね。

 私は、行政は「生活インフラ」としてのコンビニエンスマートおよびそのサテライトショップを開設すべき、と提案しましたが・・・。

 放っておくと高齢化の次は高齢者の生活難民化による過疎化のいっそう急激な進展が始まることになります。これはコミュニティそのものの崩壊に一層拍車を掛けることになる。
「年寄りしかいない」地区は年寄りもいなくなり、結局、誰も住めなくなる。

 これを押しとどめるのは並大抵のことではないと思います。


 やがて、過疎地に住む、ということは誰にでも出来るわけではない、きわめてラグジュアリィなライフスタイルとなって行くことでしょう。もちろん、生き残りを目指す地域住民は、そういう条件を作り出さない限り、今どきの人間の生活の場として地域を維持することは出来ません。
 辛抱では地域は存続できない、ということであり、これは地方都市の中心市街地活性化の課題にも相通じるものです。

 ニュータウンの場合、記事で見る限り問題はまだそこまでは進んでいないようですが、これは時間の問題、間もなく事態は本当に生活難民が発生する、高齢者は、好むと好まざるとに関わらず、ニュータウンから退去しなければならなくなる、ということです。

 空屋となったニュータウン、活用法はありませんから、やがてかってのニュータウンはゴーストタウンになっていきますね。

 「コンパクトシティ」という構想がありまして、これは老若男女、都市中央に集合して都市的生活を堪能しようという方向、ご承知の方も多いと思います。
広域合併を機に過疎化が進展することは明かですから、コンパクトシティ構想、もう一度きちんと考えてみることが必要になっています。

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