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批評と提言 2004  保存版


F115■「前例」について2004-02-08 (Sun)

 これまで経験したことのない状況において、「前例」を踏襲することは致命的な誤りになることがある。よく言われるところであり、組織における多くの意欲的な人々を萎縮せしめるのに効果があるのが、ものごとの最低基準として「前例」を持ち出す手法である。

 これは強い。なにしろ、「前例」というのは
1.過去のどこかにおいて
2.類似と思われる問題状況において
3.だれかが「解決策」として提案し
4.採用された結果、見事に解決に成功した
結果、確立されたものですからね。

 もちろん、この案が採用されるまでは、やがてこの案に駆逐されてしまう運命にある、「前・前例」がはばを利かしていたわけでありまして、「前例」はある日・ある時・ある問題状況において「前・前例」に対して反旗をひるがえし、紆余曲折を乗り越えて見事これを駆逐、はれて採用された結果見事に初期の成果を収め、結果として新しい「前例」として君臨することになったものですね。

 つまり、何ごとによらず「前例」とは登場した時点では「革新」だったのであります。
もちろん、「前例」も「革新」も人が担う人があってはじめて機能するわけでありまして、「前例」となる事柄を作り出した人と「前例」を「前例」だからというだけであがめまつっている人とでは「類型(あるとしてですが)」的に相当異なっているでしょうね。

 ここで問題。
「前例尊重」と一言でいいますが、前例を尊重するとは、前例が登場し前例となる過程を尊重するのか?、はたまた功なり名遂げたあとを評価するのか?

 一つ言えることは、前例を作った人だったら前例が前例というだけで批判をしない、という態度はとらないはずだ、ということですね。

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