topへ戻る

資料庫へ戻る
flashmenuへ戻る

FLASH NOTE 2003/04-05  保存版


F089■ 「水道理論」から時間堪能へ Date: 2003-05-05 (Mon)

♪何でもナショナル・松下電器の創設者、松下幸之助さんが提唱した「水道理論」というビジョンがあります。http://www.matsushita.co.jp/environment/2000/sougyou/
これは「水道の蛇口をひねると衛生的で美味しい水が必要なだけ使えるように、品質の良い便利な商品をより安くより多く提供する」というような趣旨でした。

 ご本人の提唱は1932年だそうですから、これはまさしく先覚者の言葉、当時としては世界最初の画期的なビジョンですね。
これは、戦前〜戦後を通じる「工業化」時代のスローガン、生産側、消費側いずれにも強い共感を持って支持されたことと思います。

 「もっと豊かに・もっと便利に」という社会全体のニーズに対応する当時の全産業に共通する事業コンセプトをこの一語に凝縮している、といって過言ではありません。

 時代のビジョンとして「水道理論」が当時の人々の顕在・潜在の生活上の欲求を先取りしており、その後の経済社会の発展は、まさしく「水道理論」が提唱するところを具現して進みました。「水道理論」を信奉しその理念の具現を推進した人たちはもちろんのこと、理念なんかはお呼びでないという人たちも含めて「水道理論」は社会にとっての「坂の上の雲」でした。
(「坂の上の雲」は司馬遼太郎さんの同名の小説参照)

 さて、高度成長が終焉を迎えバブルを経験し、「ポスト工業社会」の到来、時代は変わった、という声は諸処から聞こえますが、「水道理論」を超えるビジョンはどこからも提唱されておりません。産業界は相も変わらず水道管に入ったきり、絶対出てきませんからね。グローバリゼーション、構造改革などとといったスローガンは、あんなのは全部、「水道理論」の焼き直しですからね。この時代に、「もっと安く、もっとたくさん」は、もっとリストラ、もっと環境破壊・資源浪費ということですからね。
バブルスパイラルに陥るのも宜なるかな、ということです。


  「水道理論」高度成長期まではたしかに時代の理念、スローガンでしたから、わき目もふらずに邁進すれば良かった。
しかし、それから後がいけません。というか、高度成長期には「水道理論」に取って代わるビジョン,「ポスト水道哲学」が打ち出されるべきだったのにそれが準備されていなかった、ということです。偉い人の言葉を信奉するのも結構ですが、「その人が現在生きていたらなんと言うだろうか」ということもたまには考えてみなければ。
 これまで長い間「水道理論」が占めていた位置を引き継ぐ新しい産業全体のコンセプトが求められています。
まさに時代はこういう曲がり角にあることを認識し、スローガンを提示する産業人というのはいないものでしょうかしらね。

 で、誰もなんにも提案していないようなので、おこがましい限りですが、不肖、私めが「ポスト・水道哲学」として「時間堪能」を提唱してみたいと思います。( 「時間堪能」については、サイトの検索機能を使って該当個所をチェックしてください。) 

 これからは、「自分の好みで生活を演出し、時間を堪能する」というニーズを育み・助長することが全産業の共通した課題担っていきます。否、こういう方向を推進していかないと日本国民がこぞって「ポスト・水道理論」の時代を謳歌することは出来ません。このままの路線で頑張っていたのでは「水道理論」のポストが「水道理論」の時代よりも夢のない・しょぼい時代になってしまいます。これでは「水道理論」的社会を実現した先人に、申し訳が立たない、というものです。

 「時間堪能」は目に見えない分、仕掛けも堪能も難しい。これは当たり前ですね。「ポスト・水道理論」「水道理論が」と同じレベルで頑張れば実現出来る、ということはありません。
これまでとは全く異なる視点とアプローチが不可欠です。

 仕事の内容からすれば小売業、中心商店街あたりから出てこなければならないテーマですが、「水道理論」に呼応して流通革命を推進した気概、う〜む、ですねぇ。

 当サイトの常連の皆さん、奮起してくださいよ〜。

 ちなみに水道理論、提唱されて当時は、夢物語だったでしょうね。「そうなれば良いけどいつのことかしら」とたいていの人が思ったことでしょう。それでも実現したのは時代が良かったから? いえいえ、みんなで頑張ったからですね。頑張るだけの条件が揃っていましたし。
 さて、「時間堪能」を目指すべき我々をとりまく環境はどうなっていますか? 生半可のことではものにすることが出来ません。まずは「パラダイムの転換」、「水道理論から時間堪能へ」このことが意味するところをしっかり腹の底に入れることからスタートです。

 ちなみに、スローライフなどもこういう方向への兆しでしょうね。NPO、地域通貨など、脱資本主義的な試みも成否は別として果敢な試みが諸処で展開されています。
「時間堪能」という視点から見ると、これまで見えていなかったさまざまの動きが見えるようになってきますね。

 ちなみに、水道哲学ですが、とどのつまりはミネラルウオーターに代替されたり、世界的な不足が予測されたりと、水道自体も言われるほど無尽蔵ではなかったことがはっきりしました。
ましてや、ハイテク各種のツール、もっと便利に・もっと豊に、はよかったのですが、世界万民あまねく、というわけには行かないのです。資源の有限性とのバッティング、地球のキャパとの衝突も目睫に迫っている。
「時間堪能」は、これらの問題に対する解答でもあることを理解してください。

 この問題はこれからもしょっちゅう展開します。

flashmenuへ戻る

Copyright (C) 2003 (有)クオールエイド  All Rights Reserved