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FLASH NOTE 2002/01 保存版 |
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| 今は昔、標題のようなコトバが流行った。たぶん、日用雑貨メーカーなどが言い立てたのではなかったかと思う。消費者主権という言葉もあったっけ。いつの間にかこれも死語。消費者には購入するものを選択する権利がある、という意味だったのだろう。 考えてみれば、このコトバには当然ながらまやかしがああった。選択するには選択が可能でなければならない。選択可能性とは、比較出来ること:選択肢が提案されていること、購買可能性:自分の支出可能範囲であること、が基本になる。いくら,どうぞあなたの自由意志で選択して、といわれても選択肢が乏しかったり、選択する条件が整ってなかったりすると選択は出来ない。 あなたが王様、なにを買うかはあなたの自由、ただし選択可能な範囲は、当社が提供している範囲とあなたの財布の許容範囲内ですからね、当然ながら、ということである。 また、当時はファッションの品揃えのノウハウに見せ筋、売り筋というコトバがあり、商品特性の優れた高価格商品を「見せ筋」として展示、ため息をつかせておいて売り筋は類似特性の低価格品、という商法だった。高級品を見せびらかしておいて類似普及品を奨めるというわけ。もちろんこのとき、高額品は選択の対象ではない。 さて、100円ショップ。ここで買えるものだったら何でもここで済ませるという人、たまに遊びに行ってあれこれ買ってみる人、一度行ったきりという人等々いろいろだろうが、共通して言えることはここでは完全にお客に選択権があり、買う買わないをひたすら自分の好みだけで決定することができる、ここでは文字通り「消費者は王様」だということである。 何しろこっちの隅から向こうの端まで、商品という商品がぜーんぶ、オール100円である。懐具合と相談しながら買い上げる商品を下方修正するなどという必要は全くない。売場中の商品が君の選択を待っている。君の意志次第で君の手の中に入ろうとしている。買うか買わないかまったく君の「好み」だけで決定すること ができる、というわけである。 売場中の商品が君の買い上げ・名指しを待っている。君ってまるでハーレムの王様ではないか。売場を見渡してご覧、あの文具もこの化粧品も全て100円、たったの100円で君に所有権が移転するのだ。 自分の好き嫌いだけで物事が決定される・これを贅沢という。 100円ショップって贅沢を売ってたんですね。 大型ディスカウントショップといわれるドンキホーテに行ってみた。ディスカウント、なるほどね。 現代の生活を3分割してそれぞれ生理的必需の部分、生活基盤(所得)確保ための部分、自由裁量できる部分に分けてみよう。自由裁量時間というのは、主に「自分の価値感、美意識、趣味などの在りように基づいて自由に編集し楽しむ時間」ということである。 自由裁量時間を自分らしく過ごす、そのために空間を演出する。 演出するために必要な材料を吟味して揃える。演出のための時間もまた自由裁量、堪能したい時間である。必要な材料はブランドの一点豪華主義などではなく、特定の生活局面、空間全体を演出するための材料一式すべてが吟味にかなう特性を備えていなければならない。あれもこれも自分の好みの商品でなければならない。そうすると、堪能に向ける支出総額は多いが、個々の商品があまり高額だと目的を達成できなくなる。 自由裁量時間にゆっくり吟味しながら、好みの生活を堪能するための材料をあれこれ調達する・・・この買い物の時間も堪能の対象であることは言うまでもないだろう。効率的・合理的ではなく、グレイジング気分で売場を巡り、目的の商品以外にも掘り出し物を渉猟したい。衝動買いだ。 さて、どこに行こうか? 必要性に迫られてではなく自分の好みのままに時間を過ごす、堪能することを贅沢という。 ふーん、ドンキホーテって贅沢を売ってたんだ。 |
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