この4つの言葉が商店街活性化のキーワードである。
ラグジュアリィは、「贅沢」ではなくて、「必需品にその人の好みが加わったもの」という意味。高度成長期に蔓延した経営戦略は、各業界とも企業別フルライン展開で同質類似商品のでありながらデザイン、付加機能で「差別化」した商品を溢れさせた。顧客は必需機能を求めながら企業が訴求する差別化を選択基準として商品を購買することになった。機能がほとんど同質なら付加されたプラスαで商品を選択することになるのは当然である。なんと、プラスαという基準を持っていないと必需・消耗品すら選択購入できない,というのが今日の買い物環境なのだから。
このプロセスから次第に好むと好まざるとに関わらず「個人の好み」が立ち上がってくる。「好み」は、次第に整理され体系的になり、やがて生活全体を自分らしく編集する、特に自分が価値を置く生活局面を自分の「好み」で演出すること、などが重要な課題となってくる。それに伴って、購買行動・購買先の目的別選択が顕著となる。このあたりについては「web商人塾」講義の第3講を参照していただきたい。
生活を編集する、特に自分が大切にしているある生活局面を自分の「好み」で作り上げる、というライフスタイルが定着してくると、それに対応して購買行動が変化する。われわれがもの・サービスを購入するのは、生活を作り上げるための材料としてである。したがって、選択購買する時の基準はもはやその商品の競合する類似商品との差異ではなくなっている。新しい購買基準は、作り上げたい生活シーンのテーマとの整合性を持っている、ということが重要になってくる。一緒に並べられている商品群を比較して優れているものを購入するのではなく、作り上げたい生活シーン、既に持っている材料とのマッチング、自分が抱いている生活シーンのイメージとの整合性で購入する商品が選ばれるのだ。
もちろんラグジュアリィ=贅沢品・不要品・高額品ではない。
ショッピングは、必要な単品を品群から「比較購買」するというありかたから「吟味購買」=提供されている商品ラインから「好み」の商品をピックアップする、というプロセスに変化した。特に「自分らしく作り上げたい」と考える生活局面、「堪能したい生活局面」作りに必要なショッピングにおいて商品の吟味はもっとも厳しいことは言うまでもない。
購入された商品は、手持ちの材料とコーディネートされて生活局面、生活シーンを演出する大道具・小道具として配置され利用される。あるべき情景が演出され、その空間ですごす時間を堪能する・・・。
堪能とはもちろん「自分の好みのものを味わい、満足する」という意味。あるいは「あることを成就するために必要な能力を十分備えていること」。この二つの異なった意味には相通じるところがある。堪能するためには堪能できる条件を作り出す能力が必要であり、他人の満足を求めるニーズに応えるためにはそれなりのスキル=堪能が必要である。
生活局面のグランドデザインを描き、演出に必要な材料やサービスを設計しこれらを購入し、シーンを作り上げ・シーンを楽しむ、この全てのプロセスが自分の好みの表現として堪能されたとき、人は「得意」を満喫する。
「得意」とは「自分の望むことが実現されて満足しているさま」ということである。人間は自分が求めていることの成就と求めない・あって欲しくないことの回避という二つの基準をもって環境の中で問題を解決する。人間が生きるということは、その基準は多種多様であるが、一様に得意を求めて「問題」を解決している過程であるとも考えられる。
「得意客」とは自分の生活を作り上げるために必要な材料を入手する、という課題をもって来店するお客に継続して満足できるソリューションとしての商品・サービスを提供することから生まれる「得意」を感じている顧客のことである。
生活の課題が多様化している今日、もっともウエイトを占めているのはラグジュアリィニーズの堪能である。
「大量に売れるものなら何でも売る」という商法で拡大してきた量販百貨店や彼らが核としてSC全体の来店目的を決定している郊外型SCがこのようなニーズへのソリューションを提供する商業集績として計画されたものではないことは言うまでもない。
現在、堪能=ラグジュアリィ・ニーズに対応する商業集績は一部大都市を除いてほとんど存在しない。人々は細切れに提供される情報を頼りに大都市の中心商店街、通販など案内不確かなルートから「買い回り」によって生活を堪能する材料を入手する以外に方法がない。「買い回り」とは「目当ての店で欲しい商品が入周できずやむを得ずあちこちと探し回る」という買い物行動、その過程は堪能というよりも作業であり、必ずしも努力に見合った成果が約束されるものでもない。
居住地の近く、堪能したいときになんの障害もなく出かけられるという場所にラグジュアリィニーズを堪能できる買い物の場が無いと本当の意味で生活を堪能するという条件はそろわない。ニーズの変化と対応のミスマッチ、ここに我が国に消費不況の「構造」としての原因がある。
我が国のライフスタイルの趨勢と生活財を提供する商業をはじめとする消費財関係業界のあり方との間に存在する大きなミスマッチを解消すること、新しいニーズに対応するソリューションを開発し提供すること、ここに大きなビジネスチャンスが存在する。中心市街地の活性化−中心商店街のショッピングモールへの転換とは、さしあたりこのビッグチャンスを我がものとして確保することへの挑戦であり、マクロ的には産業全体のラグジュアリィ化、マス・カスタマイゼーション化の推進として、我が国の経済をアップスケール化するという時代的課題に挑戦するものである。
中心市街地−商店街の活性に関わる皆さんは、ラジュアリィ、吟味、堪能、得意というキーワードが新しい消費ニーズ=ビジネスチャンスの存在を示していることをしっかり認識していただきたい。もちろんこのことは単に商店街にとどまる課題=機会ではなく、我が国の消費生活の維持・向上に貢献することを事業分野とする全ての産業・個別企業が直面している課題=チャンスである。(ただし、一部価格競争に狂奔する、グローバリゼーション追随派を除く。そもそもラグジュアリィニーズ段階に入っている我が国の経済がどうしてそこまで至っていない「世界標準」などを基準にしなければいけないというのか?)
中心市街地の活性化は、けして従来型のニーズにスケールアップ(規模拡大)して対応しようとあがいている郊外型SCを不十分な・制約された条件下で追随するものであってはならない。
ラグジュアリィ・吟味・堪能・得意という新しいニーズにマッチする商業集績、「アップスケール(質的転化)」された集績に生まれ変わること、ショッピングモール、より具体的にはラグジュアリィモールの実現こそが中心商店街の活路である。
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