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FLASH NOTE 2001.07 保存版


F009■活性化とは街がどうなることか?(2001.7.8)

   全国の商店街、カラスの鳴かない日はあっても「商店街活性化」という言葉が聞かれない日は無い、といって良いくらい商店街活性化については論議され、施策が提起され、取り組みが行われいている。ところがかれこれ10年余り、活性化に成功した、という話がいっこうに聞こえない。取り組みについてはいろいろ情報が入ってくるのだが、その結果についてはまことに芳しくない。鳴り物入りで始まった「モデル事業」が、最後には「やってはいけない事業の見本」などと言われてしまうこともある。どうしてこうなるのか、実はここにはいろんな問題が見え隠れしている。何回かこのことを考えてみたい。

   商店街活性化とは街がどう変わることか?街にどのような状況が起きるようになればその街は活性化したと言えるのだろうか?
商店街活性化に取り組む目的・目標は何かということだが、この目的・目標が全く設定されないまま取り組まれているのが、全国ほとんどの商店街の活性化事業である、と断定して差し支えない。活性化事業の目的・目標は設定されないまま、事業だけがさまざまな分野で繰り広げられている。繰り広げている間も街の空洞化は刻一刻進展する、というのが多くの街の実態である。
どうしてこのようなことが起こっているのか?

   そもそも商店街活性化とは何か、街が活性化されるとは街にどのような状況が生まれることを意味しているのか、ということがほとんど論議されていない。論議され定義されるということがないまま、「活性化」を実現するための施策が次々に取り組まれている、というのが全国の商店街の実状である、といってけして過言ではない。その証拠に、活性化のためこれこれの事業に取り組む、取り組んでいるという情報は飛び交うものの、肝心の活性化に成功した、という話はいっこうに聞こえてこない。つまり、目標を持たない事業を展開しているのでそれらを積み重ねて出てくる結果というものが無く、活性化施策を講じても講じても結果が出ないのである。

   一般に問題の解決策を講じるに際しては、望ましい状況(目標・目的)が設定され、現在から望ましい状況に到達するまでのシナリオを描き、現時点から目標に向けて一歩一歩進んでいく段階を設定してその段階をのぼる手だてを考えることになる。この「段階をのぼる手だて」が施策である。
商店街活性化という課題の解決策=段階を上っていく手だてを講じるには、活性化とは街がどのようになることか、ということがはっきり理解されていることが前提である。目的無くして施策は講じられない。

   ところが少なくとも商店街活性化という問題に限っては目的・目標を設定しないままさまざまな施策が講じられている、というのが実態である。
これはある意味で起こるべくして起こった事態であり、やむを得なかったなと感じられる側面もあるにはある。しかし、全国で何百もの街が10年以上にわたって取り組んで成果が挙がらないのである。原因を探り抜本的な対策を講じないと、この厳しい経済環境のもと取り返しのつかない状況に至ることもけして杞憂ではない。

   そろそろ商店街活性化とは街がどうなることか、というスタートの時点に立ち戻って虚心に考えてみるべきではないか、ということで以下、私が考える「商店街活性化の目的」を簡単にご披露したい。本当はもっと詳しく説明しなければならないことだが、いずれ「中心市街地活性化」のコーナーで取り組むことにして、ここでは本当に要点だけ。

   中心市街地が活性化される、とは街がもともと担ってきた役割を、異なった環境のもとで、さまざまな手だてを講じることで賦活(生き生きとした状態によみがえらせること)させることである。これまで担ってきた役割を諦めて新しい役割を担わせるという発想はとてつもないエネルギーを要するし、第一、今どき面としての広がりを持った中心市街地で展開する新事業というのもなかなか難しそうである。

   活性化、商店街の場合だと、商店すなわち「消費財小売業」、お客から見れば「買い物の場」としての役割をよみがえらせることである。活性化の目的とは、街を買い物の場としてよみがえらせること、そこに立地する多くの店舗の業績がこれまでとは比べものにならないくらい好転し繁盛すること、である。何だ、そんなことはあたりまえではないかと感じた関係者の皆さん人、このあたりまえのことが街の活性化に取り組む事業を決定するときの基準として掲げられていない、ということが問題なのである。

   活性化のために取り組む事業は、その事業に取り組めば、活性化が実現できる、あるいは活性化への段階を一歩前進する、ということが明確でなければならない。特に商店街活性化のように取り組むべき仕事が多岐にわたり関係者も多い事業の場合はこのことはきわめて重要なことである。とすれば、「活性化とは街がどのようになることか」ということが明確に理解されている、定義されている、ということがどれほど大切なことかあらためて説明するまでもないだろう。

   私どもが考える商店街活性化の定義は、@街の中の店舗が次々に繁盛店に変身し、Aその結果、店主に店舗改築など設備投資の意欲が起こり、B空き店舗へのテナント参入が相次ぎ、C後継者問題も解消する ということが連続して起こる結果、商店街が「買い物の場」として将来にわたって繁栄する、ということであり、活性化の事業とは現実からスタートしてこの段階をひとつひとつクリアしていくことである。

   言うまでもなく商店街活性化という大事業が一つ二つの施策を講じることで実現されることはけしてあり得ない。さまざまの事業に同時並行的にさらに段階的に取り組み、ひとつひとつの成功を積み重ねていくことが必要である。ひとつの事業を選択して取り組むにあたっては、その事業の活性化全体における意味、位置づけを明らかにされ適時に適切な体制で行うことが必要になる。

   このように考えれば施策に取り組む前に全体計画が必要であり、計画の前に目的・目標が設定されなければならないことは明かである。商店街活性化に関わる皆さんは、自分たちの街の取り組みがこのようにごくごくあたりまえの仕事の方法として組み立てられているかどうか、もう一度「基本計画」などを振り返っていただきたい。おそらく私が言う意味での活性化の定義が掲げられ、それを現実化する方法として諸施策が体系的・計画的に展開されている、という計画はきわめて少ないはずである。

   商店街活性化のために今直ちに取り組まなければならないこと、それは迂遠のようだがもう一度、商店街活性化とは街を賦活させること、街がかって都市において果たしていた役割を当時とは異なった条件のもとでよみがえらせることである、という定義を踏まえて、現下の状況で「買い物の場」としてよみがえらせるシナリオをあらためて描き直すことである。もちろんそのためには、現在の顧客のライフスタイルや購買行動の理解、郊外型ショッピングセンターの動向、消費財流通の課題などについて理解しておくことが不可欠であり、それなりの理論的な蓄積が要求される。また、新しい「買い物の場」はその成否を個々の店舗の賦活に負うところがきわめて大きい。個店が賦活をはたいていくためには経営技術の転換・修得が不可欠なことは言うまでもない。

   商店街、勉強無くして繁盛無し、街の活性化はまずは勉強から、といういつもの結論に到着したが、商店街に残されている時間は本当に少なくなっている。いつも申しあげているように、活性化のチャンスは十分にあり、誰かに横取りされる心配も無い。問題は活性化に取り組む街のエネルギーが文字通り日々落ちている、ということである。街の状況は静止している、ということはほとんど無い、繁盛店が増えつつあるか、減少しているかのいずれかしかないと考えた方が良い。増えているとはとても思えない、と感じられる商店街は、この期に及んでよその街が何をやっているか、などということを気にする余裕はない。よその街はどうせこれまで通りの不毛な取り組みに残り少ない貴重なエネルギーを浪費しているにすぎない、これを反面教師として本来の活動・顧客に支持される店舗が連袂(軒を連ねる)する街の再現へ、まずは勉強から始めるべき時である。個店の繁盛づくり以外の事業はひとまずおいて、まなじりをけっして机に向かうべき時である。  

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