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FLASH NOTE 2001.07 保存版


F008■さあ、みんなで勉強しよう(2001.7.3)

   もともと中国語の「勉強」には、学問を修める・習うという意味はなかったらしい。「値段を安くする」、文字通り、「強いられて勉める」ということで、「嫌なことだが我慢してする」というあたりが本来の意味らしい。
こうしてみると「勉学」という意味の「勉強」につながりますなぁ。

   今日は、周辺情勢を踏まえれば勉強せざるを得ない、ということを提言したい。物心ついてこのかた、今日に至るまで私どもはずうっと学習を積み重ねてきた。好むと好まざるとに関わらず、意識するとせざるに関わらず学習の連続がそれぞれの軌跡であるとも言い得よう。ところが今や、このような成り行き任せ、自然成長的な学習では全く太刀打ちできない周辺情勢の変化がものすごい勢いで進行中である。

   このような現在進行形の変化について、これまでにならい覚えている常識を持って判断したりするととんでもないことになりかねない。その具体的な例はこれからたびたび紹介するが、いずれにせよ、いかなる分野にせよ、これまでの常識は一切通用しなくなっている。

  例えば現下の不況について。マスメディアでは不景気からデフレ、はては大恐慌までさまざまな見方が説かれているが、そのいずれもが高度成長期〜バブル期という 需要>供給 という時代の常識に基づいている。ところが実際にわれわれが経験しているのは、人類史上はじめて生産力が需要を上回ているという状況なのである。もはやこれまでの延長線上に需要無し、というか、新しい質の需要を喚起しない限り経済の行き詰まりが解決されることはないだろう。

   このような時代であるが、そのことがたちまち個別企業の命運に関わるかというともちろんそんなことはない。とりあえず昨日と同等の需要は存在しているし、新しいライフスタイルを提案する試みなどはうまく行けば新たな成長をもたらすだろう。もちろん、このような企業が続出すれば、現下の不況は解消される。逆に企業がこのような転換が出来ないということになると、日本経済は挫滅していく可能性が高い。

   さて、勉強の話。現下の状況を突破していくには、何はともあれ勉強が必要である。いやでも勉強しなくてはいけない。「強いられて嫌々勉める」勉強をせずして新しい成長はあり得ない。分野を問わず、過去の業績を問わず、勉強しないものに明日の成長はないのだ。「勉強がいやだから商売人になった」というぼやきが聞こえてきそうだが、そういうことは関係ない。
   小売商業者に限れば、とりあえず、次のような事項についてきちんと展開することが出来て、かつ、これらは自店の将来にとってプラスである、と言い切ることの出来ない諸君はしっかり覚悟すべし。


1.現在は転換期であると言われることが多いが、もっとも本質的なところでどこからどこへ転換しているか?

2.製造−販売ルートの最終段階担当から、生活に必要な材料の購買代行へと
小売業の役割は視点の転換が必要である。その理由を3つ述べよ。

3.小売業を取り巻く3大環境変化をのべ、それが主要小売業態に及ぼす影響を説明せよ。

4.郊外型ショッピングセンターの主要機能とその限界について。

5.中心商店街の新しい事業機会について

   如何ですか。以上の設問にきちんと答え、かつそれが自店にとってプラスであると生きれる人は、勉強する必要はない。現在やっていることをそのままお続けになって結構です。ただし、一問でも答えられなかった人は、勉強のやり直し、たかが商店街の小売業とか思ってはいけません。これからも商店街でずうっと商売をやっていこうと思うなら必ず十分理解しておかなければならないことばかり、特に街のリーダーたる人にとっては絶対条件です。

   商業者への出題として書きましたが、実はこれ、ほとんどの業種に共通する問題ですね、ご承知の通り。だって、最終的にはどこかで消費者に手にしてもらう、という意味では小売業の問題は全産業が理解しておかなければいけないことばかり。実際に私どもがお手伝いする企業では必ず、「販売店支援」という課題が出てきます。販売店って小売店のことですからね。

   強いられてやる勉め、やらずにすめばそれに越したことはありませんが、環境はきわめて厳しい。これからも商売を続ける人で勉強の嫌いな人はひとつ、そういう時代に遭遇した身の不運を嘆きながらでもなんでも結構、覚悟して机の前に座っていただきたい。教材?とりあえず当サイトの資料庫の棚卸しをしていただくというのはいかがでしょうか。



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