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  商人塾と活性化への道
Date: 2008-08-28 (Thu)
 当社流商人塾については、このところ、『基本計画」に組み入れるケースがいくつか出始めています。
これまで紹介している当社と何らかのおつきあいのあるところの計画だけではなく、これまでほとんど交流の無かった都市の計画にも記載されている例を教えていただきました。

なるほど、3時間×10回の商人塾を2年にわたって実施、個店の業容転換に取り組む、と明記してあります。
当社的商人塾、思わぬところでお役に立っているようで、いよいよ、大通りに出ていく時田が来たのかも知れません。(笑)

 しかし、読ませて貰うと気になることがあります。
商人塾の位置づけとしては「個店の活性化」のための施策ということになっています。まあ、商人塾の直接の目的としてはそのとおりですが、仮にも「中心市街地活性化への道」の歩みを牽引する取り組みですから、もっと大きく深い意義があるわけです。

 あらためて確認しておきますと、
@参加者のお店の繁盛を実現する
A中心市街地が商業立地として適切であることを実証する
B参加者を拡大して「テナントミックス」の実現をスタートさせる
C条件があれば空地・空店舗も巻き込んでいく
というきわめて「戦略性」の高い事業ですから、そのつもりで適切に配置しないと、「個店の繁盛」さえも実現できずに収束するかも知れません。
もちろん、3時間×10回というカリキュラムは、当社流「活性化への道」を牽引する商業者の「自助努力の組織化」の実践そのもの、他の商人塾の目的・内容とは大きく違います。
 
 ということで、せっかく「商人塾」を計画に組み入れるなら、当サイトに展開している「活性化への道」を熟読玩、的確な位置づけで取り組まれることをおすすめする次第です。
もちろん、おすすめはなにはさておき勉強会の開催です。
http://quolaid.com/seminar/seminar0507.htm

 認定済みのところもこれからのところも一度はクリアしなければ先に進めない「関門」です。

  何を売るか どう売るか 藻谷氏批判
Date: 2008-08-27 (Wed)
 藻谷さんの「何を売るか」論をヒントに、「所有と利用の分離」論を考えて見ます。

藻谷理論、Web上で着る限りでの最近の到達地平は、“住む人、来る人を増やすだけでは商業の活性化は実現できないかも知れない。活性化を目指すには「何を売るか」が問題だ”ということのようです。

 いうも愚かながら「何を売るか」とくれば、これは当然、特定の時と場所における話ですから、特定の「時と場所」についての知識がないことには始まりません。
中心市街地というかっては都市を代表する商業集積地だったが、現在は機能が劣化し空洞化している街区をあらためて「ショッピングの場」として再建するためには、「何を売るか」ということだけではなく、
@街区の空洞化はなぜ生じたのか?
A今現在、市民の消費購買行動の「受け皿」となっている商業集積はどこか?
B消費購買行動の移動はなぜ起こったか?今現在、消費購買行動は何を目的にどう展開されているのか、その趨勢はどうか?
というあたりの知識を持っていないと話になりません。
(当社がいう「三点セットの環境変化」ですね。商人塾では開講後早い段階で修得します。)

さらに、あらためてショッピングの場として再構築を目指す以上、これらを踏まえて
C商圏内に配置されている各商業集積・施設との関係はどう考えるのか?という「ポジショニング」を構想する、つまり、集積として広域において分担すす「何を売るか」を決定しなければならない。
もちろん、「業容理論」を前提にすれば、何を売るかは、どう売るか・どこで売るか、という問題を密接不可離です。

 かくして、「何を売るか」という問題は、広域商圏の現状及び中心市街地の現状を把握した上で「何を・どう売るか」ということを考えなければならないことが、明らかです。
何を売るか」が大切だと行っても自分の好き勝手に決めることは出来ないのです。
時と場所についての知識が必要であり、もちろん、それは商業理論的見地からの知識でなければならない。

 あらためて藻谷氏の「何を売るか」論を見ますと、あっと驚く、「何を売るか」が重要だとだと指摘しながら、
@今どきの中心市街地では何を売るべきか、言い換えれば今どきの中心市街地で成立する小売業とはどのようなものか?
ということについては、ただの一言も触れられていません。
そうだそうだ、と思いながら読んできた人は背負い投げを食らったようなものです。

A「何を売るべきか」論の展開を放棄した藻谷氏はそこからいきなり「空洞化の元凶は不動産を賃貸しない所有者だ」と論証無しで決めつけます。「不労所得は許さない」といわんばかりの剣幕で、所有者に任せていたのでは活性化などいつまで経っても出来ないということで、TMOまたは民間有志が空地空き店舗を一括借り上げ、集約して活用する、ということを主張しています。

 こういうことを主張するなら「何を売るべきか」をきちんと提唱してからにすると、不動産所有者もその気になるかも知れませんが、「何を売るか」は不明のまま、所有と利用を分離せよ、テナントに又貸しすれば活性化できる、といわれてもですね。

「何を売るか」が重要だといいながら、結局、そこのところは「テナント任せ」ということですね。
そういうテナント候補企業がどこにあるのか。
肝心の既存個店の「何を売るか」については、改革改善の必要はないのか?
といった問題はそっちのけです、「所有と利用の分離さえ出来ればOK」というのは、「空き店舗を減らせばOK」「住む人来る人を増やせばOK」といったこれまでのお話と同様、「○○さえ取り組めばOK」というワンパターンですが、こういうワンパターンの主張で住まわれるのは、「三点セットの環境変化」が理解されていないからですね。

 ということで、続きは【都市経営】を読んでください。
もちろん、藻谷氏が何をいおうと自由ですが、「全国自費で見て回った」というあたりに感激して、ご託宣を受け取る人がしかるべきポジションにいたりすると大変です。
後先考えずに不動産の集約に奔走したりすると、まじめに「何をどう売るか」ということを追求すべき取り組みが、「ハコもの」系の話に変わってしまいかねません。

 ということで、藻谷氏の「何を売るか」が大事だという説に賛同される人は、何を売るか」は時と場所によって異なり、直面している課題は“今どきの中心市街地でショッピングの場を再構築するには「何をどう売ったらよいか」をセットで考えなければならない、ということについてどう思割れるのか、ということですね。

  四者体制の構築と商人塾
Date: 2008-08-26 (Tue)
 中心市街地の活性化、とりわけその基幹となる商業街区の活性化を実現するためには、行政、商工会議所(商工会)、まちづくり会社、商店街組織という関係四者による緊密なスクラム(以下「四者体制」)が不可欠です。

 しかし、どういうわけかこの四者体制については、どこの基本計画を見てもその必要性が全く意識されていません。
したがって、もちろん、その構築についての施策などは全く述べられておりません。

 ご承知のとおり、『基本計画』では「推進体制」の整備・運営について計画することになっていますが、書かれているのは
@庁内組織
A活性化協議会
の二つについてだけ、という計画が多いようです。
(まちづくり会社の任務についても問題山積)

特に、商工会議所が果たすべき役割、商店街組織の任務については、全く「白紙」ですね。
これで本当に商店街を活性化できると思っているのでしょうか?
「体制の整備」が計画されていない以上、たぶん、「活性化の成否」については全然考えていないのでは、と思ったりするのですが、どうでしょうか。

 本来は、基本計画を作成するにあたって、四者が緊密に連携して事業が推進できるように万全の準備をしておくべきでした。もちろん、こういうことは「計画づくり」に招聘されたプランナーさんたちの問題意識には無かったことです。

 関係四者の間にはそれぞれこの間の取り組みにおけるあれやこれやの「経緯」もあり、基本計画が出来たからと言って右から左へ推進体制が動き出せる条件は整っていないかも知れません。
基本計画の見なおしは体制再構築の絶好の機会でしたが、それとは気づかないままスルーしてしまいました。

 この期に及んでも推進体制は不備のまま、もっぱら取っつきやすい事業、合意が取れたハード事業中心の取り組みとなっていますが、一方、せっかく設定した数値目標のクリア〜活性化の実現には暗雲がたれ込めています。
何とか「推進体制」を整備し、各般の事業を一体的に推進できる体制を構築しないと、ラストチャンスも無駄遣い、空洞化スパイラルからの脱出など夢のまた夢、に終わります。

 当社提供の「クオールエイド流商人塾」は何を隠そうw、四者体制構築の秘密兵器です。
商店街・個店の繁昌再生を直接の目的とする事業ですが、四者の担当者が一緒に聴講することで、「中心市街地活性化への道」を共有する土台を作ることが出来ます。
四者体制の基礎は「中心市街地活性化を成功させる取り組みの方向と方法」を構築し、関係者が共有すること、ですからね。

 既述のとおり、本来であれば基本計画を「勉強しながら作る」プロセスで「道」を共有すべきところ、そういう大事な仕事があることに気が付かなかったプランニング関係者の手落ちもあって、土台構造無しの基本計画が出来上がっているわけです。
まちづくり会社も活性化協議会も任務と権限が確定しておりません。
こういう状況でタウンマネージャーを公募、要件は「当市の基本計画で活性化を実現できる人」って、あのですね、そんな人いませんよ。体制も出来ていないのに。

 そういうことで、「商人塾」に取り組み、関係四者の実務レベルの責任者以下が商店街の皆さんと机を並べて勉強する、という機会は、四者体制作りに最善の手法だと思いますが、如何でしょうか。
もちろん、タウンマネージャーさんのスキルアップにもOKです。タウンマネジャーさんもこういう機会があって、一緒に体制構築に取り組めたらいいですよね。

 商人塾の特徴は、中心市街地・商店街活性化のスキームとピッタリ整合していると言うこと。
他の活性化策と根本的に異なるところです。

 問題は、関係四者によって商人塾の意義、戦略的ポジションが共有されないことが間々あるということ。
せっかく個店レベルで繁昌を実現する人が続出するのに、これを中心市街地全体の活性化に波及できない、もったいない話です。
商業者からは商業理論を修得、自店で実践して「活性化への道」二確信を持つ人が続出するのに、関係四者は」従来どおりのレベル、ということになります。

もっとも、商人塾に参加した商業者の皆さんは、取り組みの構築が出来ず、中心市街地が全体として活性化に失敗したとしても、自店だけは繁盛店として生き残ることが出来ます。
それを実現する理論と技術開発の基礎の修得は、商人塾でバッチリです。

 ということで、あらためて四者体制の整備に取り組みたい、取り組まなければならないとお考えの皆さんへ。

 都合により、10月スタートくらいで商人塾に取り組むところを募集します。詳細は直接のやり取りで。
条件は商業者だけはなく「四者」が揃って取り組む商人塾としていただくこと。
御地の現状そのまんまからスタートして取り組みを実現する方法を一緒に検討しましょう。
お問い合わせはメールでどうぞ。

  もんだい解決能力の自己育成
Date: 2008-08-25 (Mon)
 能力のセルフメイクは、当サイトのテーマの一つ。
長くおつきあいいただくと自然に能力が拡がり深まります。

 自覚的に拡大に取り組むには、「もんだい解決の一般理論」を作り、それを基準に「もんだい解決能力」を数え上げて、その到達すべき質量を設定して研鑽努力を積む、ということになるのでしょうか。よく分かりませんが。

 必要な能力とそのスキルを設定して、これを基準に現有能力を棚卸し、欠けている能力というか顕在するに至っていない能力を指名し、浮上させる。
という作業は必要なようです。

 作業を支援するのが「参考図書」ですが、takeoの見る限り「もんだい解決の一般理論」レベルでの適切な参考書は少ないようです。
「一般論」に限るとあまりに少ない(というかtakeoの不勉強でしょう)ので、「もんだい解決」に興味がある、とりあえず勉強してみたい、という初心者にお勧めできる本を書き出してみます。

【理論創発】です。これから始めます。
http://quolaid.com/cgi/kforum/wforum.cgi?no=3288&reno=no&oya=3288&mode=msgview&page=0
興味があれば参加してください。

  経営革新塾とか創業塾とか
Date: 2008-08-25 (Mon)
 商工会・商工会議所の皆さんは、いよいよ事業シーズンの開幕ですね(と呼びかけるほどアクセスは多くないのですが)。

 「選択と集中」で意欲的な事業者を集中支援する、ということですが、「意欲的」の基準が「応分の自己負担」が出来るかどうか、だったりします

 問題は商店街の場合。
「意欲を示さない」=事業に参加しない店舗を放置しておくと「空店舗のもと」ですからね。ご承知のとおり。
個店は廃業すれば一件落着ですが、商店街の方はそうはいきません。空店舗を埋めることの難しさを考えれば、本人の意思に関わらず“おだてても・なだめ・すかしてでも”営業継続=「繁盛店づくり」に取り組んでもらわなければならない。
好き勝手に廃業してもらうと、商店街そのものがいっそう空洞化する、ということ周知のところ、これ以上空店舗を増やすわけにはいきません。

 というように状況を考えれば、標記のような研修事業も通り一遍の消化事業ではなく、商店街・繁盛店づくりに真っ向チャレンジする企画であることが求められます。
 経営革新=各社ごとに一つ新規事業を立ち上げる「経営革新計画」を作ること、といった安直な考え方もあるようですが、無理矢理「新規事業」をひねりだし、本業そっちのけで取り組むよりも「本業の活性化」が優先することが分からないようでは「経営指導員」の名前が泣くというものです。

 経営革新=本業+アルファというのは、地元中小企業の経営の実状を把握していないから出てくる話でありまして、経営の現状を踏まえれば、本業の革新が最優先、とても新規事業への進出とか新部門の創出とか、乏しい経営資源を分散費消する余裕はありません。

 ということで、「経営革新塾」的取り組みとして当社が提案しているのが、「経営革新」のスキームを活用した「商人塾」の開催です。
既に掲示板で提案しているところですが、例によって形だけ採用するところもあるようです。

 「商人塾」、従来は“開催することに意義がある”という思いこみで、内容不問・講師不問で取り組まれる事業の典型でした。というか、今でも当社以外の企画の商人塾はおおむねそういう流れのようで、時々“あんたのいう商人塾にいよいよ取り組むことになった”といったメールをいただくことがありますが、あのですね、当社が提唱しているのは「当社が提唱する活性化の方向と方法」を実践するために必要な理論・技術を修得するための商人塾、つまり、カリキュラムからスケジュール原案まで当社がセットで提供している商人塾のことだということは理解してくださいよね。

 中には第○○期商人塾といった「伝統ある」商人塾もあるそうで、もちろん、そういうところのお膝元の「商店街の空洞化」はハンパでは無かったりするわけです。

 「経営革新のスキームによる商人塾」も同様でありまして、スキームの「経営革新計画」のつくリ方を「商業に特化」して教えたからと言って、所詮は「既存の業容+アルファ」ということですから、なにをか況や、結果は既に見えております。
商店街立地の小売業、大事なことは「スリム」になることですからね。不良在庫の山を放置したまま+アルファというのは、繁盛再現の方法としてはあり得ないことですからね。

 どういう事業にどういう企画で取り組もうとしているのか。
企画書を見れば当該組織の能力のほどは一目瞭然です。
もちろん、企画書と商店街の現状〜未来も相即ですから、ちまり、企画書を見れば商店街の将来が見えます。

 「経営革新」やら「創業」やらに注力中の皆さんは、このあたり、重々配慮しておかないといけません。
従来的勉強会では、“商工会議所の事業活動とは無関係に中心市街地をはじめ、管内の中小商業者は凋落の一途をたどる”という趨勢に対しては無力ですね。

 当社が提唱している「経営革新のスキームを援用した商人塾の取り組みによって実現を目指す商店街立地の個店の経営革新」及びその取り組みを基礎とした「商店街活性化への道」の構築を目指す取り組みが、鹿児島県商工会連合会によって取り組まれています。
同連合会としてもはじめての取り組み、いわば「モデル」ですね。
当社はその取り組みの一部始終を支援しています。
http://15kai.quolaid.com/index.htm

参照:「中小小売店の経営革新」
http://www.quolaid.com/cgi/j-forum/wforum2.cgi?no=2023&reno=no&oya=2023&mode=msgview&page=0
経営指導員の皆さん。
勉強無くして繁昌無し、勉強無くして事業無し、です。

  活性化の方向と方法は?
Date: 2008-08-24(Sun)
 中心市街地活性化の実現にまじめに取り組むならば、中心市街地所在の都市機能、特に小売商業機能について、

@都市広域商圏においてどのような機能を分担するのか、
商業集積としてのあり方を決定する(方向)
A目指す商業集積を構築していくための方法を決定する

という仕事に最優先で取り組まなければならない。

 方向と方法が決定されてはじめて取り組むべき事業、順序などが定まるわけですから、これは基本中の基本であり、したがって『基本計画』には活性化を実現していく方向と方法が特筆大書しておかなければならない。
よろしいですか? そうですよね?

 ところが、これまでに作られた各地の『基本計画』には、申し合わせたように、「活性化実現の方向と方法」が定められていません。
おかしな話でありまして、方向と方法が決まっていないのに、「目標」だけは数字段階まで入っている、というのが新スキームで作られた基本計画です。
 数値は入っているものの、「方向と方法」から導かれた数字ではありませんから、数字が達成されたからと言って、特段、何がどうなることもありません。

 活性化実現の方向と方法が定まっていないということは、計画を推進すれば「何がどうなるのか」、計画作りに関わり、実施に関わる人たち全員がまったく分からないまま、「活性化」の実現に役立つ、とされている事業に取り組んでいるいうことになります。
(あなたの街の話ではありません。日本全国、例外なく共通する状況です。)

 現在、認定から一年以上を経過した都市には、早くも数値目標(一部)が達成されているところ、m、あだ目処が立っていないところ、と様々ですが、共通しているのは「数値目標達成の如何に関わらず商業機能の劣化は着実に進行しており、この間実施した事業は状況を好転させることが出来なかった、ということです。(一年では無理、という考え方もありますが、少なくとも「好転の兆し」は確実に出てこないと残るところ後4年ですからね。)

 もう一つはっきりしてきたのは、方向と方法を定めないまま、いわば盲滅法で取り組むという手法が陥っている状況を直視し、取り組みのあり方を点検しなければならない、という機運が全く見られない、ということです。
 基本計画所載の事業群、このまま取り組みを続けても、活性化する可能性は全く見えてこないことは明らかなのに、これでもかこれでもかと、「戦力の逐次投入」をやっています。

 点がダメなら線、線がダメなら面、面がダメなら住む人・来る人増やし、家主が元凶だから所有と利用の分離・・・
アイデアはでますが、そういう取り組みを利用して「何を実現したいのか」「〃実現していくのか」ということは全然構想されておりません。
なにやら、大東亜(四海皆敵)戦争を彷彿とさせる情景です。

 大東亜戦争、元はといえば「中国を懲らしめる」というノリで侵攻したのがことの発端、帝国自衛も大東亜共栄圏も後知恵です。
もともと戦争終結のシナリオが描かれないまま突入した「事変」から、点がダメなら線で・面でと次第にエスカレートして「大東亜共栄圏」まで構想しなければならなくなった。
開戦以降ものっぴきならない状況に陥いるまでは終戦のシナリオは作られません。ひたすら目先の仕事ばっかり。
その典型の一つがガダルカナルです。

 帝国陸海軍がガダルカナル島に派遣した総兵力は31,404名、うち撤退できたものは10,652名、それ以前に負傷・後送された者740名、死者・行方不明者は約2万名強であり、このうち直接の戦闘での戦死者は約5,000名、残り約15,000名は餓死と戦病死(事実上の餓死)だったと推定されている。(以上、ウイキから引用)
もちろん、すべて我々の先代・先々代の人たちです。

 はるばるガダルカナルまで突っ込んだのは「オーストラリアを孤立させるため」だったそうですが、たちまち、
@孤立させたら何がどうなるのか
Aいつまで孤立させておくのか
Bどういう状況になったら撤退するのか
Cそもそもホントにオーストラリアを孤立させられるのか
といった疑問が湧くのでありまして、こういうことを考えないまま、あるいは考えては見たものの、方針を変えられないまま、ことの成り行きで兵隊さんをどんどん送り込んで餓死させた。

 大東亜戦争中に餓死させられた兵隊さんの総数は百万をはるかに超え、戦死した数よりも多い、というのが定説ですが、こういう戦争をしたのは古今東西の歴史においてわが国だけではないでしょうか。もの凄い話です。

 さらに言っておきますと、百万を超える同胞を餓死させたことについての反省は、今日に至るまで全く為されていないわけで、「侵略戦争反対」とか「自衛戦争だった」といった立て前は聞かれますが、「餓死したのはなぜか?」という点についてはどうでしょうか?

 過去を反省できないものはそれを繰り返す運命にあるそうで(自覚できない欠点が是正されるはずがないわけで)、もしそれが本当なら、我が国においては、戦争終結後もそこかしこで「繰り返し」の真っ最中、「方向=未定・方法=何でもあり」というビヘイビアは、そのまんま、随時随所で続行されtげいるかもしれません。

 ということで、中心市街地活性化の“方向と方法”無き取り組み、もしかしたら旧帝国陸海軍由来のビヘイビアが脈々と生き続けていたりして・・・。

 間違ってもそういうことがないことを願うものですが、方向と方法を欠いたまま、手を変え・品を変え、取り組んだ個別事業の総括も行わず、次から次へと成果の挙がらぬ「活性化策」が講じられ、巨額の資金が投じられている現状は、目的・シナリオを欠いたまま、「戦力の逐次投入」を繰り返した旧日本軍(繰り返しますが我々の先代・先々代)のビヘイビア・その思考と実践にうり二つだ、と思ったりするのは私だけでしょうか。

 敗戦後は「負けることは早くから分かっていた」としゃべる頭のいい人たちが続々と現れたわけですが、このまま行くと中心市街地も同じ轍を踏むかも知れません。
踏まないかも知れませんが。 
 にっちもさっちも行かなくなってから、「失敗することは分かっていた」などと言わないこと→「方向と方法」無き取り組みの旗を振っている人たち。

 ということで、中心市街地あるいは単位商店街も同じですが、「活性化を実現するための努力を集中すべき方向」と「実際にその宝庫に進んでいく方法」についてはしっかり考え・決定し・共有しておくことが肝要です。
「方向と方法」から導びき出されていない個別事業は、どんなにカッコよく見えても「失敗への道」です。

 問題は、従来的・慣行的政策の見直しを誰が動議し、どういう手順で実現していくのか、ということ。
 とりあえず、誰かが動議しないことには始まらないわけですが、“しかるべきポジションにある人が、おっくうがったり、臆病風に吹かれたりすると、出来ることも出来なくなる”と忠告しておきます。

 「目的とシナリオ」「方向と方法」といったメタレベルについて日本軍の戦史には教訓がてんこ盛りです。
今日に至るまでその総括はほとんど進んでおりませんで、ひょっとすると、現下推進されている中心市街地活性化、実は取り組んでいるのは大日本帝国陸海軍だったりして。

 都道府県の商業振興担当の皆さんは、管下各都市の取り組みの現状について、岡目八目、けしてこのままでOKとは評価していないはずであり、したがって、早急に取り組みの是正につながる施策を講じなければならないはず、商業振興策の抜本的な見直しが必至ではありませんか。
 個別都市ごとの見直しには難しい面もありますから、「方向と方法」論議は都道府県が誘導する、というのはあり得る選択だと思います。
特に「県都」の中心市街地活性化の進展状況は、放置できない段階に陥っているところも有るはず、時を失すると「県の顔・県庁所在都市の中心市街地・商業街区は再起不能に陥りかねません。

取り組みの見直しが必要なことは明らかだがなぜ始まらないのか? 続きは【都市経営】で:
http://www.quolaid.com/cgi/tkf/wforum.cgi?no=2383&reno=no&oya=2383&mode=msgview&page=0

  1960’s Ballards
Date: 2008-08-24 (Sun)
Nico Fidenco - What a sky (1960)
http://jp.youtube.com/watch?v=YJiziWpeD4o

Neil Sedaka - You Mean Everything To Me (1960)
http://jp.youtube.com/watch?v=0SF3vF7PfqI&feature=related

Paul Anka - You Are My Destiny
http://jp.youtube.com/watch?v=uDyLR76y7cQ

  週末・アタマの体操
Date: 2008-08-23 (Sat)
 経済学とは何か?
何について研究する学問なのか、有名なのは「価格メカニズムのとか「有限な効用の配分」といったレベルについて研究する学問であるとする定義です。

 経済学を専門に学んでいる人は、こういう定義を鵜呑みに出来るかも知れませんが、門外漢の我々には「なんでそういう限定ができるのか?」という疑問を呈する権利がある。

 さらに、例しに経済学者が掲げているあれこれの定義を受け入れたとしても、定義から展開される議論のあり方にもムクムクと積乱雲のような疑問が湧き起こってくるのであります。

 たとえば、「効用」ということについて。
何を持って効用とするかについては、多くの場合、選択の可能性があるわけで、「効用性の配分」を論じるに当たっては、先だって「選択」が論じられなければならず、もちろん「選択」は特定の効用のみを前提とするものではありませんで、何を効用とするかは、需要側の事情によって異なるわけで、その事情がたとえば「下部構造」によって規定されているのかいないのかということは関係ありません。

 さらに、効用の配分に関わる「市場」については、貨幣市場の場合、「当該交換に供することの出来る貨幣の所有」が前提になっており、「効用」云々の前に「貨幣を持っていること」が大前提、最適配分とは実際のところ、「貨幣を持っている潜在需要」という集合における配分であり、いくら効用を必要としても貨幣を所持していなければそれは効用とは認められない、というレベルでの効用です。

 さらに、「資本主義的・貨幣市場」の場合。
供給側の販売希望価格は、「原価プラス利潤」であり、これは、需要側の購買希望価格とは無関係に想定されます。
それが資本主義でありまして、「原価プラス利益」で売れない商品を作り続け、売り続ける資本主義的生産単位というのは資本主義ではありません。さっさと退場することになる。

 「原価プラス利潤」で売れない商品は、いくら「効用」に富んでいようとも、「有限」であろうともそもそも市場に登場しないのです。

「価格メカニズム」や「希少性の配分」にはその前提として以上のような「特殊事情」がありまして、これと市場との関わりを踏まえないと「価格メカニズム」や「希少性の配分」を解明することは出来ません。

 というあたりについて、何の疑問も抱かずにもっぱら先達の達成について、加上、歪曲、誤解を繰り返し、「市場はすべてを解決する、たとえ失敗することがあってもその失敗は市場外の失敗に比べればモアベターである”という「狂信」に至っているのがいわゆる「主流派経済学」、こういうレベルの出まかせを疑問も抱かず受容してきたのが経済学専攻のみなさん、とするならば、世の中ー中心市街地をふくむーの理解に苦しむあれこれも何となくその原因が分かるような気がします。

 根井雅弘『経済学とは何か』(中央公論社)の書評、中途でストップしていますが、今週末に仕上げます。(【理論創発】)

  商人塾のお約束
Date: 2008-08-22 (Fri)
商人塾、スタート時点のお約束

@勉強期間はあっという間に終わる
A成果は実際にお店での取り組みにかかっている。
 参加しないと始まらないが、実践に取り組まないと成果は得られない。
B成果は、客単価アップ・客数アップとして現れる

 早いものでありまして、甲府市中心市街地商人塾、本日で10講義が修了、余すところ2講義となりました。
アッという間に修了間近となりましたが、すでに「方向と方法の有効性」が実感されていることと思います。
着実に取り組まれた人は着実に成果が挙がっており、それなりの取り組みの人にはそれなりの成果、諸般の事情で遅滞気味のところは残念ながらそのまんま、と如実になってきましたが、毎回講義のはじめに行う「試行の発表」で、塾全体の状況は共有されています。
出遅れている人は、修了イベントまでに何とか追いつくようにしてください。経験的には、講義中に取り組みに着手できなかった人は終わってからも着手できない、というのがこれまでの通り相場ですが、是非、従来的商人塾の経験を覆していただきたい。

 今回の取り組みでは、これまでの商人塾では参加がなかった本屋さんの転換が際だっています。売り場面積25坪のお店で什器6個(うちゴンドラ2台)を撤去、アダルトなど雑誌部門及び漫画部門の縮小をはじめ、文字通り、「日進月歩」で転換が進んでいます。
この間、売り上げは落ちていないということですから大したもの、徐々にかつ着実に客数・客単価アップが実現しているものと思われます。

 商人塾としては「理論の妥当性」が実証された、ということですが、実際に取り組まれた個々人にとっては、未曾有のの取り組みであり、提案した理論を吟味・納得・応用・試行されたみなさんの自助努力のたまもの以外のなにものでもありません。

 この間の取り組みで体得されていることの根本は何か?
最終講義で明らかにします。
「なるほど、そうだったのか!」とあらためてみずから獲得し、鍛錬した武器の威力を確認してください。

  商人塾、家族スタッフの勉強会を実施
Date: 2008-08-22 (Fri)
 甲府市中心市街地商人塾では、終盤にさしかかった講義と並行して取り組んでいる各個店の取り組みのいっそうの定着を目指して、家族・スタッフを対象に勉強会を開催しました。
これは当社にとってもはじめての試みでした。
参加者のほとんどは「巡回」顔なじみの人でした。
自店が取り組んでいる「繁盛店づくり」の全体像および店頭を担当するスタッフの役割の重要性、新しい執務技術などについて、150分にわたって説明を行いました。

 本来なら受講されている経営者が各個店ごとにそれぞれの特色を踏まえて実施するのが理想的ですが、本人も本講座を受講している最中、仮説〜試行の修得段階ですから、スタッフと教育までは手が回りません。
まずは、「全体像」と「店頭の役割」について、「共通の理解」「土俵の共有」を実現するために実施しました。

 商人塾の特徴は、親子、夫婦での参加を強く推奨しており、参加を実現したお店の取り組み〜成果は歴然です。
経営の改善・改革は、今どきの小売業にとって種別や規模を問わず不可欠の課題ですが、「理論を共有して・仮説〜試行に取り組む」という段階に入っているところはきわめて限られていると思います。
 勉強会には15名という予想以上の人数が参加され、終始熱心に受講されました。それぞれの立場での役割遂行に、これまで以上の活躍が期待されます。
とくに、これまでの店内での経営についての話し合いでは、お互いの立脚している「理論的立場」がハッキリしていなかったため、意志疎通に潤滑を欠くということもあったかと思いますが、「共通の土俵」の基礎が出来たのは、これからの「転換」の前進を確実にします。

 参加された家族の中には、“息子が取り組んでいることの全体像が理解できてよかった、全体として自分も大賛成”という社長さんもあり、取り組みはとりあえず「成功」でした。
もちろん、本当の成功はお店の繁盛がじつげんされること、これからの取り組みのいっそうの進展を期待します。

 一昨日の本講義には、県から商業振興課担当者2がが傍聴されました。県は中心市街地活性化を政策重点に掲げられており、「商人塾」の取り組み状況に関心を持たれています。

 今日は、終日「巡回」と「#10の講義」です。

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